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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
民主党がスティーブ・ジョブズに学ぶべきこと
民主党の代表選挙は、事前の予想に反して前原誠司氏が一番に名乗りを上げ、これに対抗して小沢一郎氏の意中の人が立候補する展開になりそうだ。前原氏も政策を発表する前に「小沢詣で」をするような状態では、また菅直人首相のように「闇将軍」支配のもとで何もできないだろう。小沢vs反小沢という構図はここ20年にわたって日本の政治を混乱させてきた。これを変えない限り、日本の政治は正常化しない。
他方、アップルのCEO(最高経営責任者)スティーブ・ジョブズが退任を表明し、後継者にCOO(最高執行責任者)ティム・クックを指名した。アップルは、民主党や自民党とは対照的な、シンプルでわかりやすい組織である。企業戦略はジョブズが一人で決め、経営陣はそれを実行に移すだけだ。ジョブズはアップルの創業者で大株主でもあるので、会社を所有する株主が経営も行なう古典的な資本家である。
今までの常識では、こういうワンマン経営は19世紀の個人商店のやり方で、アップルのような大企業を経営するのは無理だといわれてきた。株主は資金をもっているが経営の専門家ではないので、「所有と経営」を分離してプロフェッショナルなCEOが経営するのが普通だった。
ところが最近、業績のいい会社では、所有と経営が一致していることが多い。アップルのライバルであるグーグルも、創業者のラリー・ペイジがCEOに就任した。他方マイクロソフトでは、創業者のビル・ゲイツが経営の一線を退いたあとは株価が低迷し、スティーブ・バルマーCEOを交代させろという株主の圧力が強まっているといわれる。
日本でも、ユニクロ(ファーストリテイリング)やソフトバンクなど成長している企業はオーナーが経営しているし、任天堂もオーナー型だ。多くの事業部や子会社を抱えた大企業は業績が悪化し、モトローラやHPのように事業部門を切り離す動きが強まっている。
これは経済学でよく知られているエージェンシー問題である。株主は経営のプロではないが、自分の出した資金からなるべく多くの収益を上げたいと思っている。他方、経営者は株主のエージェント(代理人)だが、彼が使うのは自分の金ではないから、利潤が上がらなくても売り上げを増やして規模を拡大したいと思うことが多い。
このように株主と経営者の利害が一致しないとき、個人株主が広く分散していると経営者をコントロールできないため、経営陣はキャッシュフローを浪費して多角化したり子会社をつくったりする傾向が強い。こうした非効率的な経営を防ぐには、株主が経営陣に圧力をかけて不採算部門を売却させるか、逆に経営陣が企業を買収するMBO(Management Buyout)のような手法で所有と経営を一致させるしかない。
しかしコンピュータのようなグローバル産業では、iPhoneのような一つの製品だけでも全世界に売れば1億2000万台以上も売れ、アップルのように5種類の製品しかつくっていなくても400億ドル以上の売り上げを上げることができる。こういう会社では、創業者が自分の知っている範囲だけで経営することによってエージェンシー問題を防ぎ、個人のセンスを生かした個性的な製品をつくることができる。
日本の企業は、所有と経営の分離の手本といわれてきた。それは高度成長期には、労働者が長期的な視野から経営者に協力して利益を上げ、株価も上がったからだ。しかし会社の成長が止まると、こういう長期的関係にもとづく協力関係はむずかしくなり、エージェンシー問題が表面化する。日立や三菱重工のように多くの部門や子会社を抱える巨大企業は、収益が悪化した部門を切るに切れない。
同じことが政治にも起こっている。政党の分配する資金や利権が潤沢だったときは、党首に実権がなくても、政策は官僚に丸投げし、派閥に政治資金を分配すれば政治は回ったが、政治資金が逼迫してくると小沢氏のような「オーナー」の資金力がものをいうようになる。彼が代表になれないと、実質的な権力と名目的な権力(代表)の対立が大きくなり、党首が頻繁に交代する。これによって党首の力がますます低下して、エージェンシー問題が深刻化する。
企業の場合は、この解決策は二つしかない。オーナーである小沢氏がCEOになるか、企業を分割して小沢会社・非小沢会社の二つになるかである。おそらく民主党の場合も、長い目で見ると、どちらかの解決策しかないだろう。民主党も自民党も異質な政治家の寄せ集めであり、これを政策を軸にして再編し、本来のオーナーである有権者の意思を代表するエージェントが首相になるまで、政治の混迷は続くだろう。
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