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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
一人の官僚の進退が霞ヶ関と永田町に広げる波紋
いま政界・官界が、一人のキャリア官僚の身の振り方に注目している。古賀茂明氏。経済産業省の大臣官房付という「待命ポスト」について1年半になる。最近はテレビのワイドショーなどにも出ているので、ご存じの人も多いだろう。彼の著書『日本中枢の崩壊』は、アマゾンでベストセラーの第1位になった。
古賀氏は先月末、「7月15日までに退職せよ」との連絡を受けた。これに対して彼は「大臣と直接、話したい」と申し入れたが、会談は実現していない。きょう現在でも海江田経産相との面会の日程は決まっていないので、あす辞めるのは無理だ、と古賀氏は言っている。
こうした中で、彼を支援する超党派の議員連盟ができ、11日にはその会合が開かれた。古賀氏は「私はポストに未練があるわけではなく、仕事をさせてほしいと言っている。仕事がないなら、首相のようにいつまでも粘る気はない」と言った。しかし応援する議連は河野太郎氏や渡辺喜美氏など20人以上に増え、古賀氏も「辞めるに辞められなくなりました」と困惑していた。
古賀氏の運命は、民主党政権の迷走を反映している。彼は自民党政権の渡辺喜美行革担当相に起用されて国家公務員制度改革推進本部の事務局長になったが、渡辺氏がいなくなると法案は骨抜きにされてしまった。「天下りの廃止」は民主党のマニフェストの看板だったので政権交代で前進すると古賀氏は期待したが、現実に起こったことは逆だった。仙谷由人行政刷新相(当時)は、2009年末に古賀氏を経産省に戻してしまったのだ。
この背景には、民主党と霞ヶ関の複雑な関係がある。民主党は「政治主導」を掲げて政権交代を果たしたものの、政権運営の経験のある政治家はほとんどいない。政務三役が電卓をたたいて「無駄の削減」を求めても、一次情報は官僚が握っているので、手も足も出ない。そこでオール霞ヶ関を敵に回すより、財務省だけは味方につけようという戦術に転換したのだ。
これは1993年の細川政権のときに似ている。当時は新生党の小沢一郎代表幹事が、大蔵省(当時)の斉藤次郎事務次官と組んで「国民福祉税」を創設しようとして失敗した。いま当時の小沢氏に近い財務省とのパイプ役になっているのが仙谷氏である。財務省の要求は増税と公務員の身分保障であり、古賀氏の更迭を求めて仙谷氏の「踏み絵」にしたのだ。
仙谷氏は古賀氏という踏み絵を踏んだ。その後の民主党は、公務員制度改革を骨抜きにし、自民党時代をはるかに超える天下りを認可するばかりか、「現役出向」という形で官庁に籍を置いたまま事実上の天下りを行なうことまで許してしまった。このように公務員制度改革が挫折した責任は民主党にあるが、根本的な原因は霞ヶ関の閉鎖的な人事制度にある。
厳格な年功序列と終身雇用のおかげで、官僚は役所に退官後の人生まで面倒を見てもらうので、省内の「空気」を読んでそれに逆らわず、「本流ポスト」に残ることが重要になる。へたに正論をいうと「変なやつ」として傍流に追いやられ、「格下」の天下り先に行かされる。
こういう状況がいやになった優秀な官僚は若いうちに辞めるが、民間も終身雇用なので受け皿が少ない。「公務員を長くやっているとビジネス感覚はないので、パブリックな仕事しかできない」と古賀氏も語っていた。今のように経済政策がボロボロになっている状況では、霞ヶ関に対抗して政策立案できるシンクタンクが必要だが、自民党の一党支配のもとではそういう機関が育たなかった。
これは鶏と卵の関係だが、そういう政策シンクタンクが育てば、政党が政策で競争するようになり、民主主義が機能する。そして官僚をやめてもパブリックな仕事のできる場があれば、官僚は役所の中でも思い切ってものが言えるようになるだろう。アメリカでは、政策シンクタンクは「第5の権力」といわれるほど大きな影響力をもち、そのスタッフは政権が交代すると政権中枢に入る。
日本は、まだ本格的な政権交代が実現してから2年もたたないので、こういうシステムが未発達なのはやむをえない。これから必要なのは、政治主導というスローガンではなく、それを実のあるものにしてゆく制度改革だろう。古賀氏の事件は、日本の民主主義が成熟する上で何が足りないかを示している。
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