コラム

市民運動の原点に戻った菅首相は「原発解散」を仕掛けるのか

2011年06月23日(木)19時20分

 菅首相のポストへの異常な執念が、政局を混乱させている。民主党の執行部と野党が合意した「50日延長」を首相の一存で蹴飛ばし、70日延長に持ち込んだ。しかも「次の首相のもとで3次補正を行なう」という合意事項も削除したため、辞めるかどうかもわからない。ちょっと前までは困惑していた永田町や霞ヶ関の人々も、今では「殿ご乱心」に唖然としている。

 先日も古賀茂明氏(経済産業省)に、この点について質問すると「首相が何のために粘っているのか、誰もわからない」という。表向きは「再生可能エネルギー法」(再生エネ法)の成立を見届けるため、ということになっているが、これを額面どおり信じる人はいない。今まで菅氏がエネルギー問題について発言したことはほとんどないからだ。

 ただ反原発の勉強会に菅首相が飛び入りして「私の顔が見たくなかったら再生エネ法を通せ!」などと張り切っているのをみると、彼は「市民運動の原点に帰ったのではないか」という古賀氏の見立ては当たっているような気がする。菅氏は党内でも孤立しており、リーダーシップをまったく発揮できないが、反原発の市民運動には彼の姿勢は高く評価されているからだ。

 菅氏は、学生時代に政治運動に身を投じて以来、ずっと「反権力」の立場で生活してきた。彼の所属した社会民主連合は、社会主義勢力の中でも少数派で、何をいっても社会に影響をもたなかった。それがいろいろな偶然が重なって、彼の憎んでいた国家権力を動かす最高権力者の立場になってしまった。今まで反対していた国家権力を動かす側に立ったとき、彼は敵を見失い、何をすべきかわからなくなったのではないか。

 そこで出てきたのが、首相が「脱原発」を争点にして衆議院の解散を仕掛けるのではないかという見方だ。小泉元首相が2005年に「郵政解散」を決行したときは、政権が崩壊するのではないかと思われたが、結果的には自民党が圧勝した。同じように、菅首相が8月6日の原爆の日に「反核」を掲げて解散・総選挙を仕掛ければ、世論の支持を得るとともに、彼のリーダーシップを評価する票が集まって圧勝するのではないか、という観測だ。

 首相を強く支援するのは、ソフトバンクの孫正義社長などの「自然エネルギー」派だ。特に孫氏の潤沢な資金は、菅氏にとって魅力だろう。ソフトバンクが計画する太陽光発電所が事業として成立するには、その電力を(原発の4倍以上の高値で)電力会社が買い取ることを義務づける再生エネ法が不可欠だ。菅氏がソフトバンクのために法案を成立させれば、次の選挙で落選してもソフトバンクに迎えられるだろう(ソフトバンクの社長室長は民主党の元議員)。これほどわかりやすい官民癒着も今どき珍しい。

 しかし当コラムでも指摘してきたように、再生可能エネルギーに補助金を出しても原発を減らすことはできない。世論調査では、「原発を減らすべき」という意見と「現状維持」は半々だ。特に夏場になって電力不足が深刻化すると、原発の代わりに「自然エネルギー」をという菅首相の主張が多くの有権者に理解されるとは思えない。

 実は郵政解散にも、実質的な意味はなかった。郵政民営化の最大の目的である「出口」の財政投融資の廃止は1990年代に実現していたので、「入口」の郵便局を民営化することには大した意味はなかったのだ。しかし「民でできることを官がやるべきではない」という小泉氏のメッセージは明確で、時代を変えるパワーがあった。

 それに対して、菅氏に代表される団塊の世代は、社会主義の幻想をいつまでも追い続け、民主党は政権についてからも子ども手当のようなバラマキ福祉を変えず、財政赤字を膨張させてきた。こうした民主党政権の実績をみると、むしろ「原発解散」で民主党が惨敗し、自公政権に戻ったほうが今よりましだろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米国産大豆追加購入の可能性低下も 関税違憲判

ビジネス

トランプ関税違憲判決、米エネ企業のコスト軽減 取引

ワールド

米USTR、新たな301条調査開始へ 主要国の大半

ワールド

トランプ氏、10%の代替関税に署名 最高裁の違憲判
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由...「落葉帰根」派も「落地生根」派も
  • 4
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 5
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 6
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 9
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 10
    ディープフェイクを超えた「AI汚染」の脅威──中国発…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発される中国のスパイ、今度はギリシャで御用
  • 3
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 4
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 5
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 6
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 9
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 10
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story