コラム

エネルギー問題に「万能薬」はない

2011年05月26日(木)18時42分

 フランスのドービルで開かれるG8サミットの最大の焦点は、原子力問題だ。菅首相はパリで開かれた会合で「2030年までに原子力の比率を50%以上にする政府のエネルギー基本計画を見直し、総電力に占める再生可能エネルギーの比率を2020年代に少なくとも20%にする」という方針を表明した。福島第一原発の事故を受けてエネルギー政策を見直すのは当然だが、そのコストは安くない。再生可能エネルギー(太陽光や風力)を何%にしようと、原発の代わりにはならないからだ。

 発電所の設備は、年間で最大の電力消費に合わせてつくられるので、その供給量は真夏にクーラーをつけている昼間に停電しないようになっている。太陽光や風力の電力を当てにして原発を減らしたら、雨や無風の日には停電してしまうので、再生可能エネルギーは電力会社の設備投資計画には入っていない「おまけ」である。

 おまけをいくら増やしても、原発は減らせないし、今1%にも満たない再生可能エネルギーの発電量シェアが、あと10年でその20倍になることも考えられない。原発を減らすには、火力を増やすしかないのだ。しかし原発を止めて火力に替えると、燃料費がかかって電力会社の採算は悪化する。東京電力の場合、今後1年で1兆円以上の損失が発生するという。これは最終的には電気料金に転嫁されるので、脱原発で電気料金は大幅に上がる。

 ソフトバンクの孫正義社長は、19の道府県と協力して「自然エネルギー協議会」を立ち上げ、全国に大型の太陽光発電所を建設すると発表したが、これは上に述べたように脱原発にはほとんど役立たない。彼は「太陽電池のほうが原発より安くなる」というが、そんなことはありえない。それは彼が同時に再生可能エネルギーに対する補助金を20年に延長しろと要求していることで明らかだ。原子力や火力より安いエネルギーに補助金を出すことはありえない。

 つまり脱原発とは、火力発電所を増やすことでしかないのだ。これは経済性という観点からは悪くない。短期的には燃費が増えるが、建設コストや廃棄物処理などのコストを考えると、原発は化石燃料より高いと推定されるからだ。しかし火力発電が増えると大気汚染や温室効果ガスは確実に増え、政府の約束した「2020年までに温室効果ガスを1990年比で25%削減する」という国際公約の実現は不可能になる。日本政府が原発を増やそうとしていたのは温室効果ガスを削減するためだが、これもむずかしくなった。つまり

・環境に最高の再生可能エネルギーは経済性が最悪
・経済性が最高の火力発電は環境への影響が最悪
・温室効果ガスのほとんど出ない原発は評判が最悪

 という三すくみの状態で、すべての基準を満たす「万能薬」がないのである。今後しばらく原発の新設は不可能だろうから、ここで原発を選択肢から除くと、経済性がよく環境に悪い火力か、その逆の再生可能エネルギーのどちらかを選ばなければならない。国民投票で脱原発を決めたスウェーデンもドイツも、いまだに原発を止められない。原発を建設しなかったイタリアの電気料金は、欧州で最高だ。風力発電で電力の20%をまかなっているスペインは、再生可能エネルギーへの補助金で財政が破綻した。

 つまり経済性と環境(安全性)のトレードオフがあるのだ。ここで「多少は電気代は上がってもいいから環境汚染を減らしたい」と国民が判断すれば、原発の代わりに再生可能エネルギーを増やすために補助金(固定価格買い取り制度)を増やすことが望ましいが、「これ以上電気代が上がるのは困る」と判断すれば、火力を増やすしかない。こうしたトレードオフを示した上で、民意を問う必要がある。

 それをしないで再生可能エネルギーに補助金をつぎ込んでも原発は減らず、電気代が上がり、製造業が日本から出て行くだけだ。経済的に脱原発を進めるには、小型ガスタービンを工場に設置するインセンティブを設けるなど、もっと現実的な代替エネルギーを考えたほうがいい。ただしこの場合、25%削減の国際公約は撤回することが必要だ。すべてにきく万能薬はないのである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story