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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
発送電の分離はエネルギー産業のイノベーションを生み出すか
菅首相は18日の記者会見で、政府のエネルギー計画を見直すとともに、発電と送電の分離を検討する考えを示した。これは4月7日のコラムでも指摘したように、かねてから指摘されてきた問題である。電力業界からは「原発事故と経営形態は無関係だ」と反発の声が上がっているが、実は両者には関係がある。
13日に政府が閣議了解した「賠償スキーム」では、東京電力を救済する代わりに資産の売却や債権放棄などによって損害賠償の原資を出すことになっている。しかし銀行が「破綻していない会社に対して債権放棄することはありえない」と批判しているように、株主資本を守ったまま債権者に負担を求めることは困難だろう。その窮余の一策として、東電の最大の資産である送電網を売却して損害賠償にあてることが政権内でも検討されているようだ。
発送電分離についてはメディアも好意的だが、実行するには多くのハードルがある。10年前にも経産省が分離を試みたが、電力会社が自民党の族議員を使ってつぶした。今回は原発事故というハンディキャップがあるため前回ほど露骨な抵抗はできないだろうが、民主党には電力総連(電力会社の労働組合)系の国会議員が多く、彼らは発送電の分離に反対している。
それより本質的な問題は、発送電の分離によって利用者にメリットがあるのかということだ。「分離すれば1割ぐらい電気料金が下がる」という人もいるが、世界的にみると発送電の分離と電気料金にはそれほど強い相関はない。電気料金を決める最大の要因はエネルギー価格なので、経営形態を変えるだけで料金が大幅に下がるとは限らない。むしろ過渡的には、送電網の整備などにコストがかかるおそれが強い。
かつての論争で電力会社側が主張したように、送電網の分離によって電力のコントロールがむずかしくなり、電圧や周波数の変動が大きくなるかもしれない。最悪の場合、カリフォルニアの大停電のような事態も考えられる。今はほとんどの利用者が停電の心配をしないで使っているが、アメリカのようにしょっちゅう停電があると、精密機械や半導体などは不良品になってしまうので、自家発電や無停電装置が必要になる。
電気事業連合会によれば、日本の電力品質はきわめて高く、停電時間は年間9分と世界でもっとも短い。これに対してフランスは57分、アメリカは73分である。こうした品質低下を許容すれば送電網の分離は可能だが、品質にうるさい日本人が停電を容認するだろうか。
しかし問題は電気料金だけではない。福島第一原発のように老朽化した原発は多いが、電力会社がそれを延命している場合が多い。これは地域独占であるため、経営が破綻しても政府が救済しなければならないからだ。銀行でよく問題になる「つぶすには大きすぎる」(too big to fail)という問題が生じ、安全性に手を抜く「モラルハザード」が起きてしまうのだ。
また地域独占と規制によって「原価+適正利潤」で電気料金が決まるため、イノベーションでコストを下げるインセンティブがない。独占産業で収益を上げるもっとも効率的な方法は、政治力を利用して独占を守ることだ。日本では経産省と電事連との妥協策として、2003年に独立系の発電事業者(PPS)が電力を取引する日本卸電力取引所(JEPX)が設立されたが、この大停電の最中に東京市場は閉鎖されたままだ。東電が「スポット単価が暴騰する」として送電網を提供せず、彼らの決めた「適正価格」で一部のPPSから買い取っているからである。
こうした状況にPPSも異を唱えない。インフラを押さえる電力会社の市場支配力が圧倒的に強いため、他の業者は電力会社の顔色をうかがわないとビジネスができないからだ。独立系の発電事業者は50社近くあるのだが、大部分はガス会社や重厚長大産業などの財界系企業なので、互いに協力して業界秩序を守ろうとするのだ。
このような体質は、通信自由化前の電電公社と同じである。これを変えるには、既存の大企業とは違うベンチャーや外資の参入が必要だが、発電事業に必要な設備投資は最低でも100億円といわれ、新規参入は容易ではない。電力業界の産業構造を変えるには、市場で電力会社と対等に闘える企業が出てくるとともに、利用者も自己責任で自衛する必要がある。それができるかどうかは、日本社会の問題でもある。
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