コラム

年金の「運用3号」騒動の原因は専業主婦の年金ただ乗り

2011年03月10日(木)19時40分

 専業主婦の年金をめぐって、国会が紛糾している。サラリーマンの妻は、年金保険料を払わなくても国民年金を受給できる国民年金の第3号被保険者だが、夫が退職や失業などで厚生年金や共済年金を脱退したときは年金受給資格を失う。この場合は国民保険料を払って第1号被保険者になる必要があるが、それを忘れて受給資格のない人が100万人以上いることが判明した。

 そこで昨年3月、こうした主婦が無年金になることを防ぐため、厚生労働省は過去2年分の保険料をさかのぼって払えば受給資格を与える運用3号の創設を決め、昨年12月に実施した。しかしこれでは「まじめに保険料を払った人が損をする」という批判が出てきた。特にこの特例措置が法改正ではなく「課長通知」という法的根拠のない文書によって行われたことが、「国会の承認なしに予算の支出を決める違法行為だ」と問題になっている。

 今のところ責任の所在ははっきりしないが、運用3号を決めたのは長妻昭厚労相(当時)だったといわれ、本人も関与を否定していない。ところが昨年の内閣改造で長妻氏に代わって厚労相になった細川律夫氏が引き継ぎを受けないまま課長名で通知され、これを当時の政務官が見逃したらしい。国会で野党の追及を受けて、政府は運用3号を法改正で追認することにしたが、これは不公平を制度化するものだ。

 混乱の根本原因は、第3号被保険者という奇妙な制度にある。世界的に見ても、配偶者の年金保険料を軽減する制度はあるが、サラリーマンの妻だけに保険料を免除する制度はない。自営業者の妻は国民保険料を払わなければならないのに、なぜ会社員と公務員だけが優遇されるのか。また支給対象は年収130万円未満に限られるため、専業主婦やパートタイマーが優遇され、フルタイムで働く女性が不利になるなど、不公平な制度だという批判が強い。

 もともと専業主婦には年金加入の義務がなかったが、夫の退職や離婚で無年金になるケースが多いため、1986年に「女性の年金権を確立する」という理由で第3号被保険者が創設された。このとき厚生年金と共済年金の原資には余裕があったため、政治的配慮で保険料を払わなくても受給資格を与えることにしたのが混乱の始まりである。

 年金会計が逼迫してからは、第3号被保険者をやめるべきだという声は何度も出たが、1000万人以上に与えた既得権を剥奪することはきわめてむずかしい。保険料を払わずに年金を受け取る専業主婦の「ただ乗り」の総額は年間8兆円にのぼり、年金会計が赤字になる大きな原因だ。これは将来、一般会計から補填され、すべての納税者の負担になる。

 厚生年金と共済年金だけに2人分の支給を認めたのは、国民年金に比べて原資の潤沢な企業や官庁に専業主婦の年金を負担させるねらいがあったのだろう。「企業戦士」が会社のために働くのを妻が「銃後」でバックアップするのだから、専業主婦の生活費は会社が負担しろという考え方は、年収103万円以下の主婦を優遇する配偶者特別控除とも共通している。

 このように国が行うべき社会保障の負担を企業に押しつける「日本型福祉システム」は、高度成長期のように原資がどんどん拡大している時期には見かけ上の「高福祉・低負担」を実現した。しかし今のように財政危機になり、民間企業の経営も苦しくなると、そのツケは将来世代の負担増となってはね返る。

 日本の労働人口が減り始めた今、女性を労働者として活用することは緊急の課題である。主婦を夫のオマケと位置づけ、130万円以上かせぐと損する第3号被保険者制度は、女性の就労意欲を低下させている。男女の雇用機会均等を制度化したのに、年金で女性の労働を阻害するのは筋が通らない。今回の騒動を機に第3号被保険者制度を廃止し、社会保障も男女平等にすべきである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、EUが凍結資産を接収すれば「痛みを伴う対応

ビジネス

英国フルタイム賃金の伸び4.3%、コロナ禍後で最低

ビジネス

ユニリーバ、第3四半期売上高が予想上回る 北米でヘ

ワールド

「トランプ氏は政敵を標的」と過半数認識、分断懸念も
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 4
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 7
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story