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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
日本国債の格付けはなぜ引き下げられるのか
1月に格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)が日本国債の格付けをAAからAA-に引き下げたが、今度はムーディーズが日本国債を現在のAa2から引き下げる可能性を示唆した。この影響もあってか長期金利は上昇(国債価格は下落)し、9ヶ月ぶりに1.3%台に乗せた。
S&Pの格付けは21段階中の4番目だが、AAのスペインより低い。この下のA+はイタリア、その下のAはアイルランド、A-はポルトガル、BB+はギリシャと、財政の破綻したPIIGS諸国が並ぶ。財務省は「日本国債は順調に消化されており、債務不履行になることはありえないので、この格付けはおかしい」と反論している。
この反論は、短期的には正しい。格付けは一般に、その債券が債務不履行になる確率を勘案して行われるが、政府債務は増税でファイナンスできるので、原理的に債務不履行は起こらないからだ。日本の政府債務がGDP(国内総生産)の2倍近くなっても長期金利が安定しているのは政府に対する信頼があるからで、長期金利も主要国では最低だ。
国債を引き受ける資金も余裕がある。邦銀の2010年末の預金残高は564兆円にのぼる一方、貸出残高は416兆円で、その差額は約150兆円と過去最大になった。この原因は企業の資金需要が少ないためで、その差額の大部分が国債保有に回っている。不況が続く限り銀行の資金過剰は続き、国債を買う余力はまだ大きい。
では、なぜ格付け会社は日本国債をPIIGSと同格にしたのだろうか。これについてS&Pの幹部は「日本の政治情勢が不安定で財政再建の見通しが立たない」ことを理由に挙げている。長期的には、国債がファイナンスできなくなると見ているわけだ。
昨年度の新規国債発行額は44兆円。財務省の見通しによると2013年には50兆円を超える見通しなので、余剰資金150兆円は3年余りで食いつぶす計算だ。したがって遠からず外債を募集しなければならない。海外の投資家は1%台という低い金利ではリスクの高い日本国債を買わないので、3年たたないうちに長期金利が上昇し始める可能性がある。
長期金利が1%ポイント上昇すると、新発債と既発債の借り換えを合計した国債の発行額は約140兆円なので、国債費(国債の利払い)は1.4兆円増え、さらに財政が悪化する。もっと深刻な問題は、銀行の抱える金利リスクだ。長期金利が上がると、低金利で発行された国債の時価が下がって含み損が出る。日銀の調べによれば、長期金利が1%ポイント上がると銀行の保有債券(国債・社債を含む)の評価損は都市銀行で約4兆円、地方銀行で約5兆円にのぼる。これは邦銀全体の業務純益の3倍である。
もちろん金利が上がり始めたら銀行は国債を売るので、こんな巨額の損失が実際に出るわけではない。しかし現在の低金利は邦銀が買い支えることを前提にしているので、売りが売りを呼ぶこともありうる。この場合「最後の貸し手」として日銀が国債を引き受けることが考えられる。
日銀が国債を引き受けることは財政法で禁じられているが、国会が特別決議を行えば可能である。しかし日銀が国債を引き受けるということは「日本国債には買い手がいない」と内外に宣言する結果になり、売りがさらに増えて長期金利が上がるおそれが強い。これも日銀がすべて買い取れば債務不履行は防げるが、それによって大量の通貨が市場に供給され、大幅なインフレが起こるだろう。
極端な話、70年代のように物価が5年で2倍になれば、政府の実質債務も半分になるので財政危機は緩和されるが、国債保有者の資産は半分になる。格付け会社が想定しているリスクは文字通り国が借金を返さないことではなく、このようなインフレによる実質的な債務不履行なのである。
しかし実は、インフレによって財政危機は解決しない。財政危機でインフレが起こるのはありふれた出来事だが、戦後の多くのケースを見てみると、財政がかえって悪化することが多い。政府支出も名目額で決まっているので、物価上昇によって歳出も増えるからだ。日本でも年金は物価スライドになっているので、2倍のインフレになったら年金支給額も2倍になり、年金会計が破綻するおそれが強い。
それでも通常の政策で財政破綻を回避することは、ますます困難になっている。1000兆円近い政府債務を増税だけで解決することは不可能であり、歳出削減も政権基盤の弱い民主党政権では無理だ。いちばん安易なのは法改正の必要がないインフレであり、日本も終戦直後にやったことがある。今後いよいよ財政が行き詰まると、政府がそういう「悪魔の誘惑」に負けるかもしれない。人為的にインフレを起こせという議員連盟ができたことは、その不吉な前兆である。
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