コラム

春闘という茶番はやめ、労働市場を改革せよ

2011年01月20日(木)18時04分

「春闘」はもう死語になったと思っていたが、まだ健在のようだ。1月19日、日本経団連の米倉弘昌会長と連合の古賀伸明会長が会談して春闘の交渉がスタートしたが、今ひとつ盛り上がらない。連合は「一時金を含めた給与総額の1%引き上げ」を要求しているが、傘下の組合には賃上げどころか雇用を守るので精一杯のところが多く、足並みはそろわない。

 かつて春闘といえば国民的な大イベントで、3月には国鉄や私鉄のストライキで国民生活にも大きな影響があった。しかし今ではストライキもなくなり、賃上げもバラバラで、春闘は空洞化している。そもそも連合の組織率は全労働者の12%で、大企業の「正社員クラブ」といわれている。古賀会長は「賃上げで消費を拡大すれば経済も成長する」とぶち上げたが、自動車総連も電機連合もベースアップ要求は見送った。トヨタでさえ賃上げしない状況では、春闘はもう茶番でしかない。

 大卒の就職内定率が7割以下と史上最悪の状況で、大企業の正社員だけ賃上げしろという連合の要求は、世間がみても通らない。円高もあいまって、日本の賃金は国際的にみて高く、雇用の空洞化が止まらない。経済産業省によると、製造業の国内雇用者数は1994年から2008年までに420万人以上も減少した。ところが企業は中高年の雇用を守るために新卒採用を絞り、正社員を減らして非正社員にするため、若者の雇用だけが不安定化する。

 賃金が労働生産性に比べて高いという問題に対する答えは、論理的には二つしかない。労働生産性を上げるか賃金を下げるかだ。前者についていえば、日本の労働生産性上昇率は、この20年間ずっと主要国で最低であり、特に小売や外食などのサービス業の労働生産性はアメリカの半分程度である。この原因は、日本の労働者が怠けているからではない。生産性の低い古い企業が延命され、新しい企業に労働力が移動しないからだ。

 もう一つは、労働生産性を超える高賃金を得ている中高年社員の賃金を下げることだ。国際競争にさらされている製造業では、50代以降の賃金はかなりフラット化したが、銀行や通信・放送などの規制業種では、依然として年功賃金が続いている。これを改めるには、こうした古い業界から新しい企業に労働者が移動したり起業したりすることが必要だが、硬直的な労働市場がそれを阻んでいる。

 この点で、春闘より注目されるのは日本航空だ。労使トップ会談が行われた19日、日航を解雇されたパイロットや客室乗務員ら146人が、整理解雇は無効だとして地位確認や賃金支払いを求める訴訟を東京地裁に起こした。整理解雇については解雇回避の努力などを企業に求める「整理解雇の4要件」と呼ばれる判例があるが、これが経営破綻した企業にも適用されるのかが注目される。

 このように労働者の「出口」が法律でふさがれているため、企業は「入口」で新卒採用に慎重にならざるをえない。もちろん解雇された労働者にとっては死活問題だから、彼らが訴訟を起こすのは当然だが、このように厳重な解雇制限によって採用されない若者の雇用喪失や、日本企業の国際競争力が失われる問題とどちらを重くみるのか、裁判所のバランス感覚が問われる。

 グローバル化の中で日本経済が新興国からの賃下げ圧力を受け続け、その負担を若者だけにしわ寄せする不公平で非効率な雇用慣行が、日本の長期低迷をもたらしている。これを改革しないで「賃上げでデフレが解消する」などという連合の話は論外だ。他方で賃金の抑制だけを求めて雇用慣行を改めない経営者にも責任がある。守るべきなのは中高年の正社員の既得権ではなく労働者全体の雇用であり、日本経済の活力である。春闘などという茶番はもうやめ、労働市場の改革に労使で取り組むときだ。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ベスト・バイ、通期予想を上方修正 年末商戦堅調で

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平合意「極めて近い」 詳細

ワールド

中国の米国産大豆の購入は「予定通り」─米財務長官=

ワールド

ハセットNEC委員長、次期FRB議長の最有力候補に
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story