コラム

就活のミスマッチをもたらす「日本的雇用慣行」という幻想

2011年01月06日(木)20時25分

 大学3年生の就職活動は、年明けがもう本番だ。昨年は大学生の就職内定率が6割を切り、今年はそれを下回ることが確実といわれている。その元凶は、よくいわれる新卒一括採用だが、これに怒ったりデモをしたりしてもしょうがない。それは日本の古い雇用慣行の結果であり、原因を変えないで結果を変えることはできない。

 採用を新卒だけに限って人事部が一括採用するのは、日本だけの奇妙な雇用慣行である。かつては韓国にも似たような慣行があったが、アジア経済危機のあと終身雇用も年功序列もなくなったといわれている。普通の国では、むしろ経験者が優先され、新卒はインターンのような形で採用することが多い。採用するのも職場のボスなので、何ができるかという専門能力が大事で、仕事がなくなったら解雇するのが当たり前だ。

 ところが日本では解雇が困難なので、正社員の採用は非常にリスクの高い投資である。大企業の大卒総合職の生涯賃金は約3億円、年金・退職金を入れると4億円以上の固定費になるため、大企業は正社員を取らないでなるべく契約社員や派遣社員で埋めようとする。大卒の総合職は40年間ずっと勤務して、あらゆる職種で使えることが条件なので、明るくてどんな職種(あるいは子会社)に配置転換されても文句をいわない忠誠心が重要で、専門的技能は必要ない。

 学生のほうは何を求められているのか分からないので、就職セミナーで情報収集して「エントリーシート」の書き方や「プレゼンテーション能力」を磨く。しかし採用する企業は、実は出身大学でスクリーニングしている。面接がマニュアル化して、就活だけはうまいが採用すると役に立たない学生が多いからだ。ところが学生は「学歴にかかわらず優秀な学生を採用する」という建て前に幻想を抱いて、大企業に応募が集中する。

 しかし大卒の求人が少ないかといえば、決してそうではない。リクルートワークス研究所の調査によれば、2011年大卒の求人倍率は1.28で、従業員300人未満の中小企業は4.41倍だ。問題は求人情報が偏っていることにある。たとえば就職サイトの最大手「リクナビ」の掲載料は4週間で100万円、年間9回で1000万円というのが相場で、とても中小企業は掲載できない。このため求人と求職のミスマッチが起きているのだ。

 このような問題が起こる一つの原因は「解雇規制」だといわれているが、実は日本の解雇規制は法的にはそれほど厳格ではなく、OECD諸国の平均よりも弱い。特に中小企業では整理解雇は日常的で、解雇された労働者も訴訟を起こすより次の職を探したほうが早いので、あまり労働事件は起こらない。外資系では、訴訟を起こさないことを条件にして金銭で解決するのが普通である。

 問題は判例で労働者が手厚く守られているため、大企業が訴訟リスクを恐れることにある。整理解雇については、実質的に企業が破綻しないと解雇できない「整理解雇の4要件」が定着しているが、これは30年前の高裁の判例である。大企業がチャレンジすれば、もっと合理的な判例を引き出すことも不可能ではないが、大企業の整理解雇は最近では日産と日本航空ぐらいしかない。人事部がメディアにたたかれることを恐れるからだ。

 この結果、大企業は中高年の社員を整理できず、新卒採用を絞って負担を若者にしわ寄せし、学生はリスクを恐れて大企業に入ろうとする。しかし今のような不合理な雇用慣行が、彼らの定年まで維持されることはありえない。何の専門能力もなくて明るいだけが取り柄の学生を採用していると、企業の国際競争力は低下して経営は行き詰まる。日航のように破綻したら、もっともリスクの高いのは社外でつぶしのきかない汎用サラリーマンだ。もうそろそろ「日本的雇用慣行」という幻想から覚めて、個人の能力を活かす人事システムに変えてはどうだろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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