コラム

アメリカ中間選挙の「茶会事件」を生んだ反政府の伝統

2010年11月04日(木)16時10分

 2日に行なわれたアメリカの中間選挙は、共和党の予想以上の圧勝だった。中でも注目されるのは「ティーパーティ」(茶会)と呼ばれるボランティアのグループが共和党の右派候補を支援し、その多くを当選させたことだ。ティーパーティの実態は各州でバラバラで、まとまった指導部があるわけでもないが、この名称が彼らの思想をうまく表現している。

 もちろん、これはアメリカ独立戦争のきっかけとなった1773年の「ボストン茶会事件」にちなむもので、オバマ政権の大規模な財政支出に反対し、独立当初の「小さな政府」に戻せという思想を表明したものだ。彼らは一般には保守派と呼ばれるが、その根底にあるのは既存の秩序を保守するというより、中央集権的な国家を拒否する「反政府」の伝統である。

 これはアメリカ合衆国の独特な成り立ちによるところが大きい。初期のアメリカの「邦」(State)は本国で迫害された移民の集まりで、全土をまとめる国家はなかった。それがイギリスとの戦争のためにまとまる必要に迫られ、独立後にできたのが合衆国憲法である。これは連邦政府が邦を「州」として結びつけるとともに対外的に代表して外交・戦争などを行なうための各州の契約ともいうべきものだ。

 このため初期の合衆国は現在の欧州連合(EU)ぐらいのゆるやかな連合体で、憲法はマーストリヒト条約のようなものだった。連邦政府の権限が強まってイギリスのようになることを警戒する各州に対して、建国の父は連邦政府の必要を説かなければならなかった。こうしたフェデラリスト(連邦派)とアンチ・フェデラリストの対立はいまだに続いており、ティーパーティは現代版のアンチ・フェデラリストといえよう。

「伝統に帰れ」というスローガンは、普通の国では昔からのしきたりに従えという意味になるが、古来の伝統や身分制度のなかったアメリカでは、神のもとに平等の個人が出発点なので、「建国の精神に帰れ」というのは「連邦政府はいらない」という意味になる。いわば反政府の遺伝子が、アメリカの伝統には組み込まれているのだ。

 ティーパーティの代表ともいうべき存在が、2008年の大統領選挙で共和党の副大統領候補になったサラ・ペイリンである。今回の圧勝で彼女が2012年の大統領選挙で共和党の最有力候補になったともいわれるが、ティーパーティはキリスト教原理主義と結びついているなど、危うい面も多い。あまり極右化すると、60年代にベトナム反戦運動を代表して大統領候補になったマクガバンのように共和党が大敗するという指摘もある。

 しかし、このように政府を疑い、個人の自由を守ろうとする建国の精神が、かつて大きな政府に終止符を打ってアメリカ経済をよみがえらせた原動力だ。2008年の金融危機によって小さな政府の時代は終わったともいわれたが、今回の選挙結果は、政府の肥大化を警戒する伝統が根強いことを示した。

 ところが日本ではこのような対立軸ができず、自民党は大きな政府を利益誘導に使い、民主党はさらに大きな政府でバラマキ福祉を続けている。アメリカでは「このままでは政府債務の残高がGDP(国内総生産)を超える」とオバマ政権が批判を浴びているが、日本の政府債務はGDPの2倍をまもなく超える。

 今はデフレのおかげで、巨額の国債が低金利で消化されているが、この皮肉なバランスがそう長く続くとも思えない。デフレの終わるときは、金利の上がり始めるときだ。金利が1%上がっただけで、財政赤字は10兆円増える。大きな政府のリスクを日本人が本当に痛感するのは、これからだろう。財政赤字と過剰規制で活力が失われる一方の日本から見ると、大きな政府を拒否するアメリカの伝統は健全に見える。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

イオン、イオンモールとディライトを完全子会社化

ワールド

中国実弾演習、民間機パイロットが知ったのは飛行中 

ビジネス

中国の銀行、ドル預金金利引き下げ 人民銀行が指導=

ビジネス

日経平均は大幅反落、一時3万7000円割れ 今年最
MAGAZINE
特集:破壊王マスク
特集:破壊王マスク
2025年3月 4日号(2/26発売)

「政府効率化省」トップとして米政府機関に大ナタ。イーロン・マスクは救世主か、破壊神か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 3
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身のテック人材が流出、連名で抗議の辞職
  • 4
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 5
    日本の大学「中国人急増」の、日本人が知らない深刻…
  • 6
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 7
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 8
    老化は生まれる前から始まっていた...「スーパーエイ…
  • 9
    【クイズ】アメリカで2番目に「人口が多い」都市はど…
  • 10
    令和コメ騒動、日本の家庭で日本米が食べられなくな…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 3
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チームが発表【最新研究】
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    障がいで歩けない子犬が、補助具で「初めて歩く」映…
  • 6
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 7
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 8
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    東京の男子高校生と地方の女子の間のとてつもない教…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 9
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story