コラム

電子書籍端末「ガラパゴス」は絶滅するか進化するか

2010年09月30日(木)22時47分

 シャープの電子書籍サービス「ガラパゴス」が話題を呼んでいる。何より人々を驚かせたのは、その大胆なネーミングだ。ガラパゴスというのは、ダーウィンが進化論の発想を得た島の名前から来たもので、世界から孤立した環境で開発され、高機能だが世界に売れない日本の携帯電話は「ガラケー」(ガラパゴス携帯)として軽蔑されてきた。それをサービスと端末の正式名称にするのは、ちょっとしたブラックユーモアである。

 ただシャープは大まじめで、岡田圭子オンリーワン商品・デザイン本部長は、ガラパゴスを「変化に敏感に対応する進化の象徴としてとらえている」という。「世界市場をめざす」というが、その規格はXMDFというシャープの独自規格で、海外に市場があるとは思えない。縦書きもルビも、日本以外の国では意味がないからだ。基本的には、国内向けのサービスと考えたほうがいいだろう。

 シャープが独自規格でコンテンツから端末までほぼ一元的に支配する垂直統合型になったことも「閉鎖的」だと評判が悪いが、ハード/ソフト融合型のビジネスの初期には、リスクを取って事業を起こす中核企業がないと何も起こらない。役所や業界が「協議会」や「懇談会」をつくっても、端末がないとコンテンツが出ないが、コンテンツがないと端末が売れないという「鶏と卵」問題が発生するからだ。

 電子書籍ビジネスが立ち上がったのも、アマゾンがKindleというブランドで販売から端末まで手がけたからだ。アップルも、iBookStoreからiPadまで垂直統合している。アマゾンのフォーマットはKindle以外の端末では読めないし、アップルの電子書籍はフォーマットこそEPUBというオープン標準だが、DRM(デジタル権利管理)がかかっていてiPhone/iPad以外の端末では読めない。どっちも、いまだに日本語をサポートするかどうかもわからない英語ローカルのサービスである。

 つまりアマゾンもアップルも「ガラパゴス」なのだ。ただ英語の読める人は全世界で14億人いるのに対して、日本語は1.2億人。「大陸」と「島」の大きさの違いがコストにきいてくる。携帯端末のコストの大部分は半導体なので固定費用が大きく、市場のサイズが1/10だと、単純に計算して1台あたりのコストは10倍だから、世界市場で売れている端末と同じ価格で売ると利益が出ない。シャープは「100万台をめざす」というが、年間4000万台以上も生産されるiPhoneとは勝負にならない。これは「ガラケー」メーカーが淘汰されるのと同じ構造である。

 それでもガラパゴスが、国内市場を独占できるならやっていけるだろうが、実は日本の市場はそれほど「ガラパゴス的」ではない。iPhoneやソニーエリクソンのXperiaなどの外国製スマートフォンが増え、今年の第一4半期では日本で売れた携帯端末の約20%が海外製と推定される。かつて日本製の自動車や家電が欧米諸国に進出したのと逆の現象が起こっているのだ。

 ガラパゴス諸島で変わった生物が生き残ったのは、大陸と違って外来種があまり入ってこなかったからだ。そのためこうした生物の生命力は弱く、今では多くが絶滅危惧種になっている。つまりガラパゴスは「変化に敏感に対応する進化」ではなく、「変化の圧力が弱いために生き残った特殊な進化」なのだ。そのひ弱な種が、アマゾンやアップルやグーグルが日本語に対応してきたとき、こうした強力な「外来種」との競争に生き残れるかどうかはわからない。

 しかしこれはシャープにとってもチャンスだ。日本の中だけで「日の丸標準」になっても未来は開けないが、外来種と競争すれば、同じようにグローバル展開せざるをえない。EPUBも来年には縦書きやルビに対応するので、XMDFにこだわる必然性はない。それは率直にいって、シャープのような規模の企業にとってはリスクの大きい賭けだが、このネーミングにみられる思い切りのよさがあれば、オープン標準で勝負すれば意外に大きく進化するかもしれない。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米メーシーズ、第4四半期利益が予想超え 関税影響で

ワールド

ブラジル副大統領、米商務長官と「前向きな会談」 関

ワールド

トランプ氏「日本に米国防衛する必要ない」、日米安保

ワールド

トランプ氏、1カ月半内にサウジ訪問か 1兆ドルの対
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない、コメ不足の本当の原因とは?
  • 3
    113年間、科学者とネコ好きを悩ませた「茶トラ猫の謎」が最新研究で明らかに
  • 4
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 5
    一世帯5000ドルの「DOGE還付金」は金持ち優遇? 年…
  • 6
    強まる警戒感、アメリカ経済「急失速」の正しい読み…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    定住人口ベースでは分からない、東京23区のリアルな…
  • 9
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 10
    34年の下積みの末、アカデミー賞にも...「ハリウッド…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 8
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 9
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story