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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
「強い社会保障」が財政危機を招く
8月31日に提出された政府の来年度予算の概算要求は、過去最大の96.7兆円にふくれ上がった。各省庁に一律1割カットのシーリングを課したにもかかわらず、要求額が今年度予算より1.4兆円も増えたのは、「強い社会保障で強い経済」を唱える菅内閣が社会保障関係費の「自然増」1.3兆円をシーリングの対象外にしたからだ。
民主党の代表選挙でも、菅首相が「消費税を社会保障の財源にする」とのべて増税を示唆しているのに対して、小沢前幹事長は子ども手当の満額支給を主張しており、社会保障の削減はどちらの視野にも入っていない。民主党は昨年の総選挙で「自民党政権のバラマキ公共事業で財政赤字が積み上がった」と批判し、「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズを掲げて政権を取ったからだ。
しかし、これは事実誤認である。図のように、公共事業費は1998年をピークとして減少し、今年度予算では一般会計歳出の6.3%しかない。これに対して社会保障費は一貫して増え続け、今年度は27.3兆円と一般会計の3割を占める。財政赤字の最大の原因は、急速な高齢化で増え続ける社会保障費なのである。それでも小泉政権のときには増額を抑制する方針がとられたが、これを民主党が「福祉の後退」などと批判したため、2007年以降は社会保障費が急速に増えた。財政危機の最大の原因は、コンクリートではなく人なのだ。
しかも一般会計の社会保障費は氷山の一角である。この他に厚生労働省の所管する特別会計が84.3兆円あるので、社会保障関係の歳出は111.6兆円にのぼる。特別会計のうち65兆円が年金給付で、一般会計のうち17兆円も老人福祉・老人医療費だから、社会保障費の73%が老人のために使われているのだ。このように社会保障が高齢者に片寄っている国は珍しい。
つまり「強い社会保障」の実態は、勤労世代から高齢者への所得移転なのである。本来の社会保障は所得分配を平等にするものだが、日本の社会保障はこのように所得に関係なく年齢で再分配するため、かえって不平等になる。高齢者の資産は家計貯蓄の2/3を占めるため、貧しい若者の勤労所得を豊かな老人に分配する結果になっている。
このように巨大なひずみが生まれた最大の原因は、年金給付を同時期の現役世代が負担する「賦課方式」という年金制度にある。これは労働人口が増えていて年金受給者より現役世代のほうがはるかに多かった時代にはよかったが、急速な高齢化が進むと負担が急増する。今は現役3人で高齢者1人を支えているが、2012年ごろから団塊の世代が引退して急速に高齢化が進むため、2023年には現役2人で高齢者1人を支えなければならない。
日本の年金会計による所得移転の規模は世界最大で、今の給付水準を今後も維持するためには500兆円以上も積み立て不足になっている。これをすべて現役世代に負担させると、以前のコラムでも紹介したように、現在の60代以上と将来世代で一人あたり1億円近い世代間格差が生じる。
逆に今の負担で年金収支をバランスしようとすると、専門家の計算によれば、支給開始年齢を平均寿命ぐらいに引き上げる必要がある。年金を長期的に維持可能にするには、賦課方式を「積立方式」に切り替えるなど、抜本的な制度改革が避けられないが、菅首相も小沢氏もこうした問題にはほとんどふれない。高齢者が彼らの選挙基盤だからである。「高福祉・高負担」というのは、実は「老人の高福祉・若者の高負担」なのだ。
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