コラム

硬直化した予算で生まれる「安上がりで役に立たない政府」

2010年07月28日(水)21時13分

 7月27日、来年度予算の概算要求基準が閣議決定され、国債費を除く一般歳出を各省一律で前年度比10%削減するというシーリングを決定した。今回の予算の特徴は、その異様な硬直性だ。一般歳出の上限は71兆円だが、高齢化にともなう社会保障費の自然増1.3兆円や農業所得補償などの別枠が多いため、裁量的経費は24兆円しかない。

「元気な日本復活特別枠」に1兆円超を配分するというのがわずかな目玉だが、こういう特別枠は珍しいものではない。自民党政権でも、「IT革命」が騒がれたころには何でも「IT関連」になり、環境が話題になると何でも「エコ」と名づけて予算要求が行われ、結局は各省の比例配分で決まってきた。

 民主党政権は昨年の総選挙のマニフェストに「政治主導」をうたい、昨年の予算編成でも各省の出した概算要求を「ゼロベースで査定する」として拒否した。その結果、予算編成が1ヶ月半ずれこみ、霞が関が残業地獄になったあげく、予算は史上最大の92兆円にふくれ上がってしまった。

 それにこりたのか、今年は最初から一律のシーリングという財務省主導の予算編成だ。概算要求基準も首相と官房長官と政調会長が決めたというが、要求基準は財務省が作成したものだ。これは自民党時代と同じで、政治の裁量は(よくも悪くも)ほとんどない。自民党時代の経済財政諮問会議のような「骨太の方針」さえない。

 こういう結果になった一つの原因は、先週のコラムでも書いたように、民主党が国家戦略局などの官邸主導を立法化できなかったことにあるが、立法化したとしても政治主導の予算編成ができたかどうかは疑わしい。民主党は野党暮らしが長かったおかげで、予算編成の経験をもつ議員がほとんどいないからだ。

 予算というのは、政策の根幹である。今年度予算の92兆円というのは、1%動いただけで9200億円、大企業の売り上げが吹っ飛ぶ。ところが金額があまりに大きすぎて実感がわかないためか、政治家が予算にかけるコストは驚くほど少ない。自民党は霞が関を政策シンクタンクとして使っていたため、野党に転落すると徒手空拳だ。民主党も、野党時代には自民党に対抗する政策シンクタンクをつくろうと「プラトン」という勉強会をやっていたが、これも与党になったら解散してしまった。

 こうした「安上がりの政府」は、実質的に動かせる予算が小さいことに対応している。日本の政府支出のGDP比は主要国でもっとも小さく、特に裁量的経費は極端に少ない。今年はGDPの5%以下で、それも一律削減ということになると、ほとんど新しい政策を実施する余地はない。このように予算が硬直化しているのは、自民党の政治家が勝手に歳出を増やせないように、かつて大蔵省が法律で「鍵」をかけたためだ。その集大成が、一般会計の2倍以上に及ぶ特別会計である。

 しかし、このような「のりしろ」の少ない歳出構造は、予算を削減するのもむずかしい。各省に1割削減を命じると、各省は各局に1割削減を命じ、各局は各課に1割削減を命じる・・・というように比例的に行政サービスが削減され、政策としては何も変わらない。安上がりだが、役に立たない政府になってしまうのだ。

 かつて日本経済がたくましく成長していたときは、それでもよかった。各省の横並びで、大蔵省がシーリングで「自動操縦」していればよかったのだ。しかし今は放置していると財政危機は拡大し、経済は疲弊し、世代間の不公平は深刻化する。

 ところが臨時国会の焦点は「議員歳費の日割り」だという。それで1億円減らしても、一般会計の92万分の1だ。いま必要なのはこんなケチな話ではなく、政策に金をかけて予算にメリハリをつけることである。議員歳費は今の何倍も出したってかまわない。何しろ議員ひとりが1200億円以上の予算を動かすのだ。むしろ議員歳費も「成果主義」にして、政党交付金の使途を政策経費に限るなど、政策にもっと金をかけるべきである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story