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コラム
池田信夫エコノMIX異論正論
日銀バッシングの貧困
経済政策で手詰まりになった民主党政権が、日銀に金融緩和の圧力を強めている。菅直人財務相は、国会で物価水準について「プラス1%ないし、もう少し高めの目標」を今年いっぱいに実現するよう日銀に求め、亀井静香金融担当相は「国債を日銀が直接引き受けて財源を作るのも一つの手だ」と、国債の日銀引き受けに言及した。
これに対して日銀は慎重で、白川方明総裁は「金融政策は財政ファイナンスを目的としない」と言明して、政府の圧力を牽制している。昨年末にも政府の要請に応じて日銀は緩和措置をとったが、市中に流通するマネーストックは逆に減少した。これ以上、無理な緩和を行なうと、市場が「日銀が財政赤字の穴埋めをしないと財政はもたないのか」と疑心暗鬼になって、長期金利が上がる(国債価格が下がる)可能性があるからだ。
財政政策で景気が好転しないとき、政治家が中央銀行に緩和圧力をかけるのはよくあることだが、閣僚がインフレ目標や国債引き受けに言及するのは異例の事態である。金融政策には公共事業のような税金が必要なく、短期的には金融緩和によって誰もが得をするようにみえる。景気はよくなり、企業は潤い、賃金も上がる。しかし緩和しすぎるとインフレになって経済が混乱し、結局は失業も増えて大きな損害が出る、というのが1970年代の経験だ。
そこで政治家のインフレ・バイアスを防ぐため、先進国では中央銀行の独立性を法律で定めるようになった。ところが政権についたばかりの民主党は、こういう金融政策の常識を理解していない。「乗数効果」を知らない菅氏も「100兆円の国債発行」が持論の亀井氏も、日銀が通貨をばらまけば市中にお金が出回り、デフレから脱却できると思っているようだ。それが本当なら、こんな簡単な政策はない。なぜ日銀はそうしないのだろうか。
それは日銀が、マネーストックをコントロールできないからだ。日銀がマネタリーベースを供給するとき、銀行の日銀口座に入金するが、それだけでは市中に出回る資金は増えない。企業が借り入れる資金需要がないと、マネーストックは増えないのだ。ところが日本の企業は合計すると貯蓄過剰になっており、金利はゼロに張り付いている。この状態で資金を供給しても金利は下がらず、借り入れは増えない。
この状態でインフレを起こそうと思えば、亀井氏が日銀総裁になって「100兆円の国債を引き受けてインフレにするぞ!」と宣言するしかない。それによって長期金利は暴騰し、インフレ(あるいはバブル)は起こるかもしれないが、これは日銀がコントロールできない。通常のインフレは金利を上げれば止まるが、日銀や政府が信認を失って起こるハイパーインフレは金利と無関係に起こるので、いくら金利を上げても止まらないのだ。ジンバブエでは金利は数百%になったが、ハイパーインフレは止まらなかった。
日本が長期不況に陥っている根本原因は、古い産業構造の生産性が低下して投資が起こらない実体経済の問題である。金融政策は一時的な摩擦を減らすことはできるが、実体経済を活発にすることはできない。それは風邪で熱が出ているとき、熱をさましても風邪がなおらないのと同じである。資金供給を増やせば資金需要が出てくると思っている政治家は、病気と症状の因果関係を逆に見ているのだ。
国債の日銀引き受けは財政法で禁じられているが、国会決議があれば可能である。しかしそんな決議をしたら、逆に長期金利が上がって国債の消化ができなくなり、もっとも恐れられている財政破綻が起こるおそれが強い。そうなると日銀が国債を引き受けて通貨が大量に流通し、ハイパーインフレで経済が崩壊する可能性も否定できない。今や日本経済の最大のリスクは、デフレではなく財政破綻なのである。
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