コラム

温室効果ガス「25%削減」というポピュリズム

2009年09月10日(木)17時37分

 民主党の鳩山由紀夫代表は今月7日、「温室効果ガスを2020年までに1990年比25%削減する」という目標を表明した。これは従来から民主党の掲げている方針だが、この目標には少なくとも三つの疑問がある。

 第1に、本当に地球温暖化が起こっているのか、そしてそれが人間活動によるものかどうかが疑わしい。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は地表の平均気温が2000~25年に10年あたり約0.2度のペースで上昇すると予測したが、実際には最近10年で約0.2度下がり、2008年は21世紀に入って最低だった。その原因として専門家が重視しているのは、海水温や太陽の黒点活動(日射量)の変化だ。長期的には温暖化が起こるとしても、その主要な原因が人間の排出するCO2かどうかは科学的な結論が出ていない。

 第2に、IPCCの結論を認めるとしても、排出権取引は経済的に非効率であり、その削減目標にも科学的根拠がない。1990年という基準年は、東欧の編入によってCO2の排出量が大幅に上がった時点を政治的に利用するために欧州が決めたものだ。国際的な排出権取引は検証がきわめて困難で、排出枠の最大の売り手であるロシアが正直に削減するかどうかは疑問だ。排出量の削減は炭素税で行なうべきだ、と多くの経済学者が提言している。

 第3に、温室効果ガス削減のメリットばかり強調され、その費用対効果が検討された形跡がない。民主党の目標を完全実施するには、ガソリン代を数倍に値上げするとか店舗の夜間営業禁止などの統制経済が必要になる。政府の試算によれば、民主党案による家計負担は1世帯あたり年間33万円~91万円にのぼる。それを100%実施したとしても、減少するCO2排出量は世界の1%以下で、温暖化を抑止する効果は統計的誤差以下だが、日本の経済成長率は1%ポイント以上低下すると推定される。

 このような疑問を踏まえた上で、国民がそのコストを負担するというのなら、それも一つの意思決定だろう。しかし鳩山氏は「国際協調」を振りかざして「国民の努力」を求めるばかりで、負担には言及しない。メディアが民主党に対する「財界」の批判を悪玉扱いするのもおかしい。企業の負担は価格に転嫁されて消費者の負担になるか、雇用の削減によって労働者の負担になるか、利潤が減って株主の負担になる。最終的に環境保護のコストを負担するのは、企業ではなく人間なのである。

 鳩山氏が地球を守るヒーローを演じるのは気持ちがいいかもしれないが、統制経済のコストは国民が負担する。これは子ども手当をばらまいて負担を将来世代に押しつけるのと同じ、一種のポピュリズムである。自民党が「景気対策」と称して目先の人気取りばかり続けた結果、経済がボロボロになって政権の座を追われた教訓に学ばないと、民主党も同じ目にあうのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、1月は10.3 予想以上に低

ビジネス

トランプ米政権の政策、銀行は影響を分析 混乱から利

ビジネス

台湾輸出受注、12月20.8%増と3年ぶり伸び率 

ビジネス

ビットコインなど高値から後退、トランプ氏就任初日の
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    メーガン妃とヘンリー王子の「山火事見物」に大ブー…
  • 5
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    台湾侵攻にうってつけのバージ(艀)建造が露見、「…
  • 10
    身元特定を避け「顔の近くに手榴弾を...」北朝鮮兵士…
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story