コラム

農業を保護して日本経済を滅ぼす民主党

2009年08月05日(水)17時38分

 民主党の鳩山由紀夫代表は8月4日、衆院選のマニフェストに掲げた日米自由貿易協定(FTA)について、農業団体の反発に配慮して見直すことを表明し、菅直人代表代行も農産物をFTAから除外する方針を示した。農業保護を残したままではFTAの締結は不可能なので、「米国との間で自由貿易協定を締結し、貿易・投資の自由化を進める」と明記した民主党のマニフェストは修正される見通しだ。

 これは民主党の政策の根幹にかかわる路線転換である。民主党が農業補助金を廃止して所得補償に切り替える政策を打ち出した背景には、農業保護によって農産物市場がゆがんでいる現状を打開する意味があった。現在は国内農家を保護するため輸入農産物に高率の関税をかけているが、これによって食品価格が上がっている。FTAによって関税を下げて農産物の市場を開放する代わりに、輸入される農産物によって農家の所得が減った場合には、それを直接補償するというのが民主党の農業政策だ。

 たとえばコメの関税率は778%だから、これを撤廃すれば輸入米の価格は8割ぐらい下がる可能性もある。コメの国際価格は国内価格の1~2割だから、自由化すれば小売価格で10kgあたり2000~3000円のコメが数百円で買えるようになる。しかし国内のコメ農家が数百円で売ったら赤字になるので、その減収分を政府が支払って今と同じ所得を保証すれば、農家の生活は変わらず、消費者には大きなメリットがある。したがって農業補助金よりも所得補償のほうが望ましい、というのがWTO(世界貿易機関)の考え方だ。

 民主党の農業所得補償は「バラマキだ」という批判が強いが、FTAによって農業の自由化を進めるための経過措置としてはやむをえないという擁護論もあった。しかし今回の方針転換でこの唯一のメリットもなくなり、残るのはバラマキだけだ。そもそも農家の所得は勤労者世帯より高い。なぜサラリーマンは、自分たちより豊かな農家を税金で「保護」しなければならないのか。

 日本は先進国で、FTAの締結がもっとも遅れている。米韓でさえFTAを結んだのに、日米交渉が進まない最大の原因は農業だ。日本のGDP(国内総生産)は今年中にも中国に抜かれる見通しで、「米中二極時代」になろうとしている。日本経済の唯一のエンジンである輸出産業が生き残るために日米FTAは不可欠であり、農業保護のために日本経済を犠牲にする民主党の政策転換は本末転倒だ。こんなことを続けていると、そのうち米中のFTAが結ばれ、日本は置き去りにされてしまうのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story