コラム

「失われた10年」の教訓は失われたのか

2009年05月14日(木)20時35分

 アメリカ経済はますます日本の90年代に似てきた、と日銀の白川方明総裁もポール・クルーグマン氏(プリンストン大学教授)も語っている。しかし英語圏の人々は日本の教訓から学ばないどころか、何が起こったかさえあまり知らないようにみえる。
 
 その典型がクルーグマンだ。彼は「日本は90年代に財政政策で最悪の事態を防いだので、アメリカでも巨額の財政支出が必要だ」と主張する。しかし日本のマクロ経済学者で、そういう実証研究を発表している専門家はほとんどいない。多くの研究結果は、財政政策の乗数効果(財政支出1に対する所得増の比率)は1以下で、その効果は疑わしいとしている。クルーグマンが根拠とするのは、リチャード・クー氏(野村総合研究所主席研究員)の「何もしなかったらもっと悪くなったはずだ」という憶測にすぎない。
 
 また金利がゼロに近づいた状況では、金融政策がきかなくなる。これを脱却するために「マイナス金利」を実現してはどうか、とグレゴリー・マンキュー氏(ハーバード大学教授)は提言している。これはかつて日本で多くの論争が行なわれ、貨幣に課税するとか人為的にインフレにするなどの提案が行なわれた問題だ。しかしマンキュー氏は、こうした日本の論争をまったく参照しないで同じような提案をしている。

 「失われた10年」の教訓がまったく生かされず、同じような議論が白紙から行なわれているのは、英語国民が英語で書かれた文献しか読まない習慣もさることながら、英語で情報を発信してこなかった日本人の責任も重い。われわれが高い授業料を払って学んだ教訓は、金融システムを再建することが圧倒的に重要で、財政政策はほとんどきかないということだ。この教訓を英語で説明し、世界に伝えることが、日本の政策当局や経済学者の責任である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story