コラム

グレーゾーンvsグレーゾーン:それがこの国?

2014年04月02日(水)06時24分

 実際に2次元コードはそんなに危険なのか? 『新世紀』によると、「現在までに2次元コードを使った支払いで大規模な安全に係る事件は起きていない」と市場アナリストは語り、2次元コードが危険というのであれば、同様の危険性は(「銀聯」が使用する)NFCでも存在するという。技術面の問題は確かに解決が待たれるところだが、人々の心には別の憶測が広がっている。

 さらにその憶測を広めたのは、その次の週になって、今度は中国の四大国有銀行が、傘下の銀行口座からアリペイや「微信支付」などのサービスへの資金振込枠を大きく引き下げたことだった。3月22日に引き下げを明らかにした中国建設銀行は、振込手続き1回につき最高限度額をそれまでの2万元(約33万円)から5千元(約8万円余り)へ、月間限度額も20万元(同330万円)から5万元(同82万円)とした。すでに工商銀行、農業銀行、中国銀行などの三大銀行も限度額の差はあるが、大きな引き下げを行っていた。

 熱心なアリペイ利用者の中にはわたしの複数の友人たちのように、銀行ではなくアリペイで公共料金や携帯電話通信料などの支払いをするのがすでに習慣になっている人たちが少なからずいる。合わせて大型の買い物や旅行などでも利用したり、さらには冒頭で触れた財テクサービスの余額宝などへの投資を考えると、この限度額の大幅な引き下げは彼らの消費傾向に確実に大きな影響を与えるはずだ。

 国有銀行側は、ユーザーが銀行に出向いて手続きを取れば、限度額以上の振込が可能だとするが、中国の銀行は一旦出向くと常に黒山の人だかりで、イヤというほど待たされる。実はこれが銀行口座から手軽に資金を動かせるアリペイや「微信支付」があっという間に普及した理由でもあった。

 これら立て続けに行われた措置に、アリババ総帥のジャック・マー(馬雲)氏が激怒。「誰が銀行にこんな権限を与えたのだ? ユーザーが自分の資金を自由に支配するのを妨げるような権限を?」とSNSでつぶやき、大きな注目を浴びた。一方で、銀行関係者側は、これはアリババ側が銀行システムのグレーゾーンを利用していたせいだ、と指摘する。

 というのは、これまで銀行からアリペイへの振込は、「簡易支払い」というサービスを通じて行われていた。巨大化するネット支払いサービスのアリペイの存在を中国の国有銀行も無視できずに提供したとされるが、ユーザーがアリペイのサイト上で自分の口座のある銀行を選び、そこに氏名、銀行ATMカード番号(=銀行口座番号)、身分証明書、携帯電話番号などの情報を打ち込んで、振込認可を待つ。つまり、ユーザーはこれら銀行口座と密接な関係を持つ情報を第三者サービスであるアリペイに自ら手渡し、アリペイが銀行と送金の手続きを取る形になっているのである。

 日本の例を思い起こせば分かるはずだ。クレジットカードを利用する場合を除き、銀行口座から他サービスへ振込や支払いをする場合、日本では必ず本人が銀行の店頭に出向いてその手続きを取らなければならない。口座主が振込及び支払先の第三者に銀行関連情報を渡して代理申請することは出来ないことになっている。だが、アリペイは今まで膨大なユーザーからそれらの情報を預かり、銀行との認可を代行してきたわけだ。言われてみれば、これもかなりのグレーゾーンである。中国の銀行関係者は、それが許されたのは「簡易支払い」サービスとはもともと、「少額消費」を対象にしたものだったからだと説明する。

 こうしてみると、確かにその説明の筋はそれなりに通っている。

 だが、日頃からアリペイや「微信支付」を使ってきたユーザーたちは、これらを国有銀行やそれらが手を組んだ支払いサービス「銀聯」の横槍だと感じている。余額宝などのサービスの人気に慌て、貯金を移し始めた預金者に驚き、手軽なおサイフケータイサービスへの歓迎の声に焦りと感じているのだ、と受け止めている。

 というのも、彼らは政府や公的機関がこれまで、「危険」を表向きの理由にして民間で人気のサービスを次々に潰してきたことを知っているからだ。近いところでは微博。昨年、「デマの蔓延防止」を理由に厳しい発言管理ルールを敷いた結果、多くのユーザーたちが微博から離れ、テンセントが提供する携帯チャットアプリ「微信」へと逃げ込んだ。

 今、インターネットと切っても切れない生活をする人々は、長蛇の列に並ばずに簡便なサービスを提供し続けるアリババ、そしてネットを使って現実には楽しめないゲームや語らいの場を提供してきたテンセントに、絶大な信頼を置いているのである。その信頼はある種、彼らとともに成長してきた「仲間」としてのそれであり、権力を背景にした強制力や管理を使ってライバルを叩きつぶし、弱者を蹴飛ばして大きくなった上に権威を笠に着る国有銀行や管理当局を大きく上回っている。

 中国はもともとグレーゾーンの多い国だ。そこでグレーゾーンを利用して次々とユーザーを喜ばせてきたアリババやテンセント。中国のグレーゾーンはちょっとやそっとでは埋まらない。だが、そのグレーゾーンの不安を煽られても、彼らのイノベーションを支えるのは絶大な信頼なのだ。今のところ、余額宝やアリペイ、「微信支付」に対する失望の声は伝わってこない。人々はアリババやテンセントがどんなふうに権威の壁に立ち向かっていくのかをじっと見守っているかのようだ。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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