コラム

南国の自信「言うは易し、行うは難し」

2011年09月30日(金)07時00分

 中国の海南省で重化学工業発展計画が本格化し、議論を呼んでいる。海南省はもともと、中国がその領有権を主張する島の中で台湾に次ぐ面積を持つ海南島が中心の中国最南端に位置する省で、海底資源をめぐって周辺国と領有権紛争が起きている南沙諸島、西沙諸島、中沙諸島も同省に区画されている。

 ま、近海でそれだけ資源が取れるのだから同省が工業化を目指すのも不思議ではない。しかし、これまで10年間、海南省は「観光アイランド化」を進めてきた。その流れで中国に初めてのミスユニバース世界大会を、それも2年続けて誘致して世界に向けてその風光明媚さをアピールしたし、島の半分が熱帯、残りが亜熱帯に属するという地の利を利用して国の肝入りで「世界レベルのリゾート観光地」作りに力を入れた。そこに投入された資金と努力はまだ期待されたほどの国際的効果はあげていないが、それでも国内では「南国の楽園」をイメージにした別荘地やマンションが注目を集めており、実際に北京では「年老いた親を常夏の海南島のマンションで避寒させる」という話を何度も聞いたことがある。それなりに都会の富裕層には「避寒地」として定着しつつあるように感じていた。

 そこに今年8月2日、年間300万トンレベルの液化天然ガスを受け入れる中国海洋石油公司のプロジェクトが着工した。同プロジェクトの生産開始は2014年8月だが、同省では同プロジェクトが建設される洋浦経済開発区全体の工業生産高は2千億人民元以上に達すると期待する。同省の李国梁副省長も雑誌「財経国家週刊」の取材に対して、「(今年から始まった第12次経済5カ年計画が終了する)5年後には省全体の工業総生産高は3500億元を上回り、4千億元に達する」と自信をみなぎらせたとある。

......また、この自信か。正直なハナシ、このテの自信話は聞き飽きた。つまり、なにが「南国の楽園」だ、なにが「観光アイランド」だ。結局、観光では思ったほどスピードマネーが稼げないから、容れ物造って大量生産、そして取引額の高い工業生産リンクに頼ろうとしているにすぎない。それも重化学工業だときた。

 実のところ、今や海外旅行が解禁されて、文字通りの「南の国」に出かける中国人も少なくない。そしてタイやマレーシア、インドネシアなど長年の経験を積み、世界各国からの観光客を受け入れて磨かれてきた本当の楽園に比べ、「海南島はショボい」という話もあちこちで耳にする。観光のようなサービス業はホテル建ててビーチ作って車走らせて出来上がるというわけではないから、10年なんてまだ序の口だ。さらには従業者のコミュニケーションスキルやサービス精神がなければ成り立たず、そのためにはそれを取り巻く社会全体が長い経験を積んでいく必要があるはずだ。

 それを海南島はわずか10年で放り出し、過去中国の全土で建国以来何十年も展開されてきた中国の伝統的「経済発展」スタイルを、資源の産地に近いから有利だとそのまんま引き込むという。そうやって全国各地で先祖代々受け継がれてきた地形や自然が「経済発展」「生産増大」「富裕化」の名を借りて押しつぶされてきたのに、ここ南国の楽園でもスピードマネーを求めてそのお決まり通りのシナリオが始まった。

 もちろん、省側は「観光地化をやめる」とは言っていない。しかし、実際に今年の第1四半期におけるGDPの575億5300万元のうち、実質観光収入は16%の92億500万元。「タイやマカオに比べるとまだまだ支柱産業とは言えない」と言われる観光業が、5年後には3500億元の収入を期待される重化学工業の前に道を譲ることになるのは明らかだ。そして、大手を振って進められる重化学工業化が観光地資源に与える影響はいわずもがなだ。

 洋浦新工業団地について省関係者は、「海南島の陸地面積の千分の一の土地で、省全体の40%の工業生産高を誇る」と自慢する。しかし、その千分の一が垂れ流す汚水が、いかに南国の楽園の生態に影響するのかについて、同省の共産党委員会書記は「省では同時にクリーンエネルギーに向けての投資を増大させ、低炭素技術を推進し、グリーンな発展経験を分かち合い、国際観光アイランドの核心としたい」と語る。

 問題は、十年来の観光アイランド化にじっくりと取り組む忍耐や余裕すらなかった海南省が、今後どうやって中国のどこの地域でもまだ100%確率できているとはいえない「グリーンな発展」とやらを実現し、工業化と南国の楽園を並立できるのか、だ。言うは易し、行うは難し......なのは「南国の楽園」作りで十分わかっているはずだろうに。

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
  • 10
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story