コラム
ふるまい よしこ中国 風見鶏便り
南国の自信「言うは易し、行うは難し」
中国の海南省で重化学工業発展計画が本格化し、議論を呼んでいる。海南省はもともと、中国がその領有権を主張する島の中で台湾に次ぐ面積を持つ海南島が中心の中国最南端に位置する省で、海底資源をめぐって周辺国と領有権紛争が起きている南沙諸島、西沙諸島、中沙諸島も同省に区画されている。
ま、近海でそれだけ資源が取れるのだから同省が工業化を目指すのも不思議ではない。しかし、これまで10年間、海南省は「観光アイランド化」を進めてきた。その流れで中国に初めてのミスユニバース世界大会を、それも2年続けて誘致して世界に向けてその風光明媚さをアピールしたし、島の半分が熱帯、残りが亜熱帯に属するという地の利を利用して国の肝入りで「世界レベルのリゾート観光地」作りに力を入れた。そこに投入された資金と努力はまだ期待されたほどの国際的効果はあげていないが、それでも国内では「南国の楽園」をイメージにした別荘地やマンションが注目を集めており、実際に北京では「年老いた親を常夏の海南島のマンションで避寒させる」という話を何度も聞いたことがある。それなりに都会の富裕層には「避寒地」として定着しつつあるように感じていた。
そこに今年8月2日、年間300万トンレベルの液化天然ガスを受け入れる中国海洋石油公司のプロジェクトが着工した。同プロジェクトの生産開始は2014年8月だが、同省では同プロジェクトが建設される洋浦経済開発区全体の工業生産高は2千億人民元以上に達すると期待する。同省の李国梁副省長も雑誌「財経国家週刊」の取材に対して、「(今年から始まった第12次経済5カ年計画が終了する)5年後には省全体の工業総生産高は3500億元を上回り、4千億元に達する」と自信をみなぎらせたとある。
......また、この自信か。正直なハナシ、このテの自信話は聞き飽きた。つまり、なにが「南国の楽園」だ、なにが「観光アイランド」だ。結局、観光では思ったほどスピードマネーが稼げないから、容れ物造って大量生産、そして取引額の高い工業生産リンクに頼ろうとしているにすぎない。それも重化学工業だときた。
実のところ、今や海外旅行が解禁されて、文字通りの「南の国」に出かける中国人も少なくない。そしてタイやマレーシア、インドネシアなど長年の経験を積み、世界各国からの観光客を受け入れて磨かれてきた本当の楽園に比べ、「海南島はショボい」という話もあちこちで耳にする。観光のようなサービス業はホテル建ててビーチ作って車走らせて出来上がるというわけではないから、10年なんてまだ序の口だ。さらには従業者のコミュニケーションスキルやサービス精神がなければ成り立たず、そのためにはそれを取り巻く社会全体が長い経験を積んでいく必要があるはずだ。
それを海南島はわずか10年で放り出し、過去中国の全土で建国以来何十年も展開されてきた中国の伝統的「経済発展」スタイルを、資源の産地に近いから有利だとそのまんま引き込むという。そうやって全国各地で先祖代々受け継がれてきた地形や自然が「経済発展」「生産増大」「富裕化」の名を借りて押しつぶされてきたのに、ここ南国の楽園でもスピードマネーを求めてそのお決まり通りのシナリオが始まった。
もちろん、省側は「観光地化をやめる」とは言っていない。しかし、実際に今年の第1四半期におけるGDPの575億5300万元のうち、実質観光収入は16%の92億500万元。「タイやマカオに比べるとまだまだ支柱産業とは言えない」と言われる観光業が、5年後には3500億元の収入を期待される重化学工業の前に道を譲ることになるのは明らかだ。そして、大手を振って進められる重化学工業化が観光地資源に与える影響はいわずもがなだ。
洋浦新工業団地について省関係者は、「海南島の陸地面積の千分の一の土地で、省全体の40%の工業生産高を誇る」と自慢する。しかし、その千分の一が垂れ流す汚水が、いかに南国の楽園の生態に影響するのかについて、同省の共産党委員会書記は「省では同時にクリーンエネルギーに向けての投資を増大させ、低炭素技術を推進し、グリーンな発展経験を分かち合い、国際観光アイランドの核心としたい」と語る。
問題は、十年来の観光アイランド化にじっくりと取り組む忍耐や余裕すらなかった海南省が、今後どうやって中国のどこの地域でもまだ100%確率できているとはいえない「グリーンな発展」とやらを実現し、工業化と南国の楽園を並立できるのか、だ。言うは易し、行うは難し......なのは「南国の楽園」作りで十分わかっているはずだろうに。
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