「思想時評」はあくまで「時評」なので、その時々の出来事や出版物を手掛かりにして論じてはいるが、全体を通していえば、「急激に変化しつつあるこの時代に、知識人は何をすればよいのか」、もしくは、もっと直截に、「この時代に思想は有効なのか」という関心が常に流れていた。そして、そのような問いを立てるには実に時宜をえたのが80年代という時代であった。
70年代にはまだ威を保ったいわゆる進歩主義思想がほぼ破たんし、それにかわり「大きな物語」の終焉を説くポストモダン思想が登場する時代、家族や組織が自明の場所ではなくなる時代、「国際化」の掛け声のなかで「日本人」であることを問い直す時代、人間がコンピューター・ネットワークに直結してゆく時代、それが80年代である。
そういうなかで、「知識人とは何なのか」「思想は意味を持つのか」という問いは、ある切実な実感を伴っていた。
今にして思えば、80年代には、戦後日本を支配してきた思想的風景が、その社会状況の変化とともに大きく変質していた。
70年代にはまだ文化の周辺に位置し、また周辺にあることで強力な破壊力をもっていたサブカルチャーが、ポップな消費文化のなかに溶け込んで一気に大衆化した時代であり、バブルとトヨティズム(効率的な生産体制)のおかげで日本はアメリカと並ぶ経済大国へと躍進し、新自由主義の風潮のなかで集団に束縛されない「新しい個人主義」が生み出されてきた時代である。
人々の思考のコードが急旋回を始めていたのだった。蓮實重彦のいう「表層批評」、吉本隆明のいう「重層的非決定」が新しい時代の知的指標であった。もはや物事の「本質」や「深い意味」を問う時代ではない、というのである。
「重さ」は「軽やかさ」に道を譲り、「不易」は「流行」に席を譲った。現象の表面と軽やかに戯れるという流儀が、人々の感覚や思考までもファッション化して、消費文化へと送り込んでいったわけである。
時代の転換期とは、仮に蜃気楼だとしても、限りなく自由の感覚を与えるものである。確かにこの時代には、ある種の知的解放感があった。
若い世代が若さそれ自体を特権化するかのようにメディアに進出し、広告代理店が新しい世代を主役にした文化を生み出してゆく。家族にせよ、企業にせよ、大学にせよ、既存の権威にはそこかしこに風穴があいているかに思われた。
私自身は、一方でその種の文化的風潮を享受しつつも、何かこの時代に強い違和感をぬぐえなかった。すべてがいわば「虚構」の自由であり、「擬装」の繁栄のごとくであった。
vol.100
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