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都市

ニューヨークの摩天楼はなぜ「過剰」なのか?...アメリカの都市の「アトラクション化」は100年前に始まった

2024年06月26日(水)11時00分
坪野圭介(和洋女子大学准教授)

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サミット・ワン・ヴァンダービルト 筆者撮影


カート・アンダーセンは、ベストセラーとなった『ファンタジーランド──狂気と幻想のアメリカ500年史』(山田美明・山田文、東洋経済新報社、2019年)のなかで、16世紀のヨーロッパ人のアメリカ大陸移住から、2016年のドナルド・トランプ大統領誕生に至るまで、アメリカ社会がいかに現実を不合理な幻想に置き換えてきたかを丹念に辿っている。

アンダーセンいわく、信者一人ひとりが真実を解釈するプロテスタントの考え方と、誰もが自由に物事を思考できる啓蒙思想が混じり合い、独自の発展を遂げた先に、狂信的な宗教や疑似科学、ショービジネス化する政治、強固な陰謀論といった、アメリカに顕著なファンタジーが次々と生み出されていった。

とりわけこの数十年間で、アメリカは完全な「ファンタジーランド」になってしまったのだと、アンダーセンは嘆く。そのような一種の思想史の展開と、超高層ビルのアトラクション化は、パラレルに生じた現象だと捉えられる。

しかし、2001年に起きた同時多発テロ事件による世界貿易センタービルの崩落を、映画のようなスペクタクルとして記憶すべきではないし、今年ふたたび大統領選に臨もうとしているトランプ氏が所有するトランプ・タワーを、「トランプ劇場」が展開するアトラクションとして消費すべきでもないだろう。

そのような視線はたとえば、アメリカや世界で悲惨な事件や戦闘が生じるたびに、マンハッタンの超高層ビルが影を落とす地上で行われている、デモ活動の抗議の声や、警官との激しい衝突や、生々しい暴力といった現実を覆い隠してしまう。

ますます高度に拡張していく幻想に没入させられながらも、アメリカというファンタジーランドの「仕掛け」を冷静に分析することで、現実の身体と空間につながっているはずの「出口」を探しつづける必要がある。


坪野圭介(Keisuke Tsubono)
1984年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科修了。博士(文学)。現在、和洋女子大学准教授。専門はアメリカ合衆国の文学と文化。著書に『遊園地と都市文学──アメリカン・メトロポリスのモダニティ』(小鳥遊書房、2024年)。訳書にホイト・ロング『数の値打ち──グローバル情報化時代に日本文学を読む』(共訳、フィルムアート社、2023年)、パトリシア・ハイスミス『サスペンス小説の書き方──パトリシア・ハイスミスの創作講座』(フィルムアート社、2022年)、ベン・ブラット『数字が明かす小説の秘密──スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで』(DU BOOKS、2018年)など。「世紀転換期ニューヨークの発展と文学的想像力」にて、サントリー文化財団2014年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。


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