最初は本当にただの出来心、ちょっとした興味だけから面白半分に始めた研究が、コロナ禍という予想だにしなかった出来事を経て、営業の自由を含む経済的自由権やリスクの問題など、法哲学が任とすべき核心的問題へと、たまさかに繋がって行った不思議な瞬間でもあった。
と同時に自分が何故、この学問の道へと分け入ったのかについて思いを馳せる昨今でもある。
学問的営みに関し、私の中には、いまひとつのモチーフとして「帰還」がある。様々な問題を発見し、それを研究してゆく中で、いつの日か一見バラバラに見えた個別の研究が相互に有機的な連関を現し、ぐるりと帰り来て円環として閉じるというイメージだ。
今回ふと気付いたのだが、私の最初の単著の冒頭は「こうして私は一巡する/生の孤線を そして戻る/私の由来する源へ」というヘルダーリンの詩句から始まり、編著『日本の夜の公共圏』の表紙写真も「おかえり」という黒石市のスナックの看板写真だった。
最近著の『日本の水商売』の表紙写真に使われた東京銀座の店も「おかえりなさい」という名、書中の連載時の最終稿にあたる章のタイトルは「小さなオデュッセウスの帰還」、そして章立ても時系列的には最初に公表した「夜の街の憲法論」が最終章を飾って議論の主発点へと回帰する構造になっている。
――「帰還」のモチーフに満ち溢れているのだった。
先に触れたボイジャーにはSF的後日譚がある。打上げのわずか2年後に封切られた映画『スタートレック(TMP)』では、地球に襲来する謎の巨大物体と人類とのせめぎ合いが描かれるが、自らの創造者(creater)を探し求めるその物体は、実は300年近く前に地球から打ち上げられ外宇宙で知能を獲得し帰還してきたボイジャー(6号)だったのである。
「スナックをはじめとする夜の街に関する研究は私じしんにとって第三宇宙速度を獲得するための営みだったのかもしれないな」などと、およそ30年ぶりにこの映画を観返しながら、酷暑のただなかで埒もない夢想をしたのだった。
ちょうど10月に法哲学者としての新著『立法者・性・文明 境界の法哲学』(白水社)が刊行された。
法哲学者プロパーの仕事であるこの本は、スナックなど夜の街をめぐって書かれたものと法哲学者としての私を繋ぐミッシング・リンク(?)のピースのひとつでもある。「帰還」への道は続く。
谷口功一(Koichi Taniguchi)
1973年生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。現在、東京都立大学法学部教授。専門は法哲学。スナック研究会を主宰し、2017年に編著『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』(白水社)、2023年単著『日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く』(PHP研究所)を刊行(いずれもサントリー文化財団からの助成、2015年度・2021年度)。他に『立法者・性・文明 境界の法哲学』(白水社)。
『日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く』
谷口功一[著]
PHP研究所[刊]
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『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』
谷口 功一/スナック研究会[編著]
白水社[刊]
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『立法者・性・文明 境界の法哲学』
谷口功一[著]
白水社[刊]
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vol.101
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