世界の最先端で日夜研究に没頭していた彼ら彼女らが、研究を離れたところで時に微笑ましく、時に胸を衝かれるような短歌を作っていたことは、新鮮な驚きだった。
興味深いのは、本書で取り上げられている永田や坂井が長年歌壇の中心を成す存在であり、研究と短歌の「二足のわらじ」を同じウェイトで履きこなしているのに対して、湯川や湯浅は、あくまで趣味として短歌を楽しんでいたということである。
研究者に限った話ではないが、歌人の短歌への取り組み方には濃淡がある。前掲書の永田の章には、彼が研究と結社の主宰としての役割の両方に心血を注ぎ、睡眠を削りに削って打ち込んでいたことが克明に描かれている。
カタールの病院で帰国を待っていたとき、私は「こだわることは生きることだな」と感じていた。仕事であれ趣味であれ誰かとの関係であれ、人は何かにこだわりを持つことで、それを生きる活力とすることができる。
そしてその「こだわり」を複数持っていれば、たとえ1つのことが上手く行かなくても、もう1つで希望を保つことができるのだ。だからそういう意味では、何か打ち込める趣味を持っていることは、大きな強みになる。
しかし、それが趣味という域を超えて「本業」と同じレベルの重要性を自分の中で持ち始めると、今度はどっちつかずになったり、あるいはどちらで失敗しても、それによって自分が立ち行かなくなってしまうような窮地に陥らないだろうか。
このような危惧を持つ私は、短歌との距離を慎重に測りながら、少しずつ少しずつ接近している。
vol.100
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