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美術史

なぜイスラーム圏では神を描かないのか...「声の文化」と「文字の文化」の世界

2023年08月23日(水)12時00分
鎌田由美子(慶應義塾大学経済学部准教授)

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モスクランプ、エジプト、1329-1335年ごろ、メトロポリタン美術館(所蔵番号17.190.991)

この本にも明らかなように、イスラーム圏の建築や工芸品には、さまざまな銘文が付され、生き生きと語りかけてくる。

たとえば、ティムール朝の玉のカップには、それがワイン用であったことを示唆する銘文が刻まれている。モスクには、ワクフ遵守の根拠となる章句(2章181節)が入ることが多い。

銘文には、歴史的な情報、格言、詩、コーランの文句など、さまざまなものがある。コーランは114章からなるが、よく銘文になる章や節がある。

マムルーク朝のガラス製のモスクランプには、神は光である、という御光章の一節(24章35節)がエナメル・ガラスで表されたものが多くあり、火が灯されるとその銘文が浮かび上がる。

これにより、見る者は神を想起することができる。このように、絵画や彫刻といった具象的な表現に頼らずに、ムスリムは銘文の付されたものを通じて神を思い描くことができるのである。

そのほか、さまざまなものに付されたコーラン、すなわち神の言葉が、ムスリムに語りかける。たとえば、ミフラーブには、「太陽が傾いてから夜の闇まで礼拝を遵守し、暁のコーランを遵守せよ」との銘文(17章78節)が入るものがある。

また墓碑には、「我が導きに従う者は、(来世のことで)怖がることもなければ、悲しむこともない」という内容の節(2章38節)が刻まれることがある。こうした文言にムスリムは慰められ、励まされるだろう。

14世紀にアフガニスタンのヘラートのモスクに設置された大型の水盤には、コーランにおける楽園の描写に続き、「アッラーは彼らに清らかな飲物を飲ませてくださる」という内容の銘文(76章21節)が施されており、水盤から楽園の飲物が想像できるようになっている。

コーランからの銘文は、宗教にかかわる場やものだけでなく、人々の家や、生活のなかで用いる日用品にも付された。コーランを書きつけた紙や、コーランの章句を刻んだ半貴石などはお守りの役割も果たした。

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