アステイオン

ベトナム

中国と「対等かつ独立した存在」と考えるベトナム人の誇り「南国意識」とは何か

2023年06月14日(水)10時50分
牧野元紀(東洋文庫文庫長特別補佐)
アオザイの女性

Sutipond Somnam-shutterstock


<自分たちこそが中華文明の正しい継承者であるとする、ベトナム人の自負について。『アステイオン』98号の特集より「ベトナム──誇り高き南の中華」を一部抜粋する>


はじめに──人は増えども知識は増えず

今日わが国で暮らすベトナム人は約48万人である(*1)。これは中国人の約74万人に次ぐ規模であり、韓国人の約41万人よりも多い。

他方、ベトナム人〝労働者〟の数は約46万人で外国人労働者数全体の4分の1を占める(*2)。2つのデータを照合すると、日本在住のベトナム人のほとんどが労働者ということになる。そして、その大部分がいわゆる技能実習生である。

筆者の暮らす東京でもベトナム人を見かけない日はない。近所のスーパーやコンビニの店員の名札をみると彼ら彼女らがベトナム人であることはすぐにわかるし、電車に乗れば隣の席ではスマホの画面とにらめっこしながら忙しそうにベトナム語を入力している若者がいる。

筆者が大学でベトナム史の研究を始めた1990年代、おおかたの日本人にとってベトナムはあまりなじみのない国であった。

「ベトナムの歴史を研究しているのですか? 珍しいですね。そうすると、ベトナム戦争の研究ですか?」としばしば真顔で聞かれたものだった。

「いいえ、もっと古い時代のことですよ」と答えると、相手には全くといってよいほど情報がないため、こちらの独演会で終わってしまうのが常であった。ベトナム語学習のための教材もそろっておらず、会話練習のためにベトナム人を探すのも苦労した。

それもそのはずである。2011年末時点で日本に在住するベトナム人は約4万4000人であった(*3)。ここ10年余りで日本国内のベトナム人在住者はじつに約10倍の勢いで急増したのだ。

その背景には2017年に外国人技能実習制度が改正されたことによる外国人受け入れ数の拡大がある。それと同時に、かつては技能実習生の大半を占めていた中国からの実習生の減少も指摘できよう。

富裕層や中間所得層の厚みをました中国からの応募者は年々減り続け、その穴を埋めるべく入ってきたのがベトナム人であり、ネパール人である。

近頃はベトナム料理店やネパール人経営者のインドカレーのお店があちこちにあるが、きっと需給バランスも取れているのだろう。

30年前に比べて、ベトナム人は日本人にとって日常的な存在となった。彼ら彼女らは日本の第一次・第二次・第三次産業のあらゆる分野で活躍している。

最近はIT分野で即戦力として来日する大卒の有能なベトナム人技術者も少なくない。少子高齢化で労働力の不足に悩む日本の社会基盤を支えてくれている。

PAGE TOP