実はこのような「外交政策と国内世論のリンク(Holsti 2004)」の問題は、多くの逸話に基づく事例をかき集めて議論することは可能であるものの、未だに厳密に実証されていない(つまり近年の社会科学者による体系的なリサーチに基づき明らかにされていない)難問なのである。
何故なら、国民を対象とした世論調査やサーベイ実験ではなく、実際の政策決定者の議論や認識を体系的かつ長期にわたって定点観測・検証しない限り、この問いに本質的に近づくことはできないからである。
リップマンの著作は第一次世界大戦後の米国社会の混乱を背景として書かれており、当時の社会状況に関する鮮明かつ具体的なイメージとともに、この著作を理解することは筆者にはなかなか難しい。
しかしながら、後世に生まれた世論研究の多くを紐解くと、結局はリップマンの指摘していた議論に立ちかえることとなり、その慧眼に気付かされることは多い。
国内世論という民主主義の根幹と、外交政策というごく一部の政策決定者によって内々に決断される国家の政策との連関を考える際に、この古典が提供した視座は、現代においても依然として示唆に富んでいるといえよう。
片桐 梓(Azusa Katagiri)
1980年山形県生まれ。東京大学教養学部卒業、同大学院修了後、外務省入省。在米国日本国大使館勤務を最後に退職した後、スタンフォード大学にて政治学博士号取得。ハーバード大学博士研究員、シンガポール南洋理工大学助教授を経て、現在大阪大学国際公共政策研究科准教授。国際紛争、危機外交、世論と対外政策の関係について、計量的手法や機械学習を用いて研究している。「国際危機における外交交渉理論の実証研究──米国外交文書へのテキスト分析の手法によるアプローチ─」にて、サントリー文化財団2013年度「若手研究者のためのチャレンジ研究助成」に採択。
『世論』
W.リップマン[著]
掛川 トミ子[訳]
岩波書店[刊]
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