世論から外交政策へのボトムアップの影響力を探求する流れの中で、近年、国際政治学者は、世論調査やサーベイ実験といった手法を用いることで、様々な外交政策や国際情勢の変化が、世論(主に政権支持率や特定の政策への支持)に対してどのような影響をもたらすのかという問いに対して、より精緻かつタイムリーに実証研究を行えるようになった。
つまり、民主主義の根幹である世論の動向や選好の変化をより正確に捉えられるようになったのである。
このような近年の国際政治学における世論研究の発展は、民主主義制度における国内世論は実際の外交政策にも必ず反映され、もしくは反映されるべきという前提をその出発点としている。
即ち、政策決定者が常に世論を意識し、この動向を外交政策に随時反映させているという、ある種の世論と政策との間の確固たるリンクを想定し、そのリンクが存在する故に、国際政治の文脈でもまずは世論を追うことに意義があると位置付けてきたのである。
さて、改めて当初の問いに立ち返ったときに、国内世論は外交政策に対して実質的なインパクトをもたらすのであろうか?
例えば、我が国の典型的な外交政策の事例を考えてみると、広範な国内世論の合意なき、言わばトップダウン方式の政策遂行や変更の事例は過去から現在に至るまで数多く存在する。
1960年安保条約改定や、1990年代の国際平和維持活動への参加、2003年のイラク戦争への支持、2015年の平和安全法制の整備等はその際たる例であろう。つまり、その時点で大半の世論は否定的であるものの、実際の政策にはほとんど反映されず、外交政策決定者の方針がそのまま政策として具体化したというケースである。
その一方で、近年の東アジアにおける安全保障環境の悪化を踏まえて、日米同盟に基づく抑止力の必要性や安全保障協力に対して否定的な見解を示す世論は年々少数派となっており、ある程度現実的な外交政策を支持する国民は確実に増えてきている。
昨今の防衛予算の大幅増額に対して、積極的賛成とまでは言えないものの、反対がそこまで広がらない状況は、厳しい国際環境に鑑み、政策決定者と世論の方向性がお互いに収斂した結果なのかもしれない。
政策決定者が、世論の動向やその浮き沈みに逐一反応するべく政策を変更していては、外交政策の一貫性や戦略性がおろそかになってしまう。その一方で、例えば選挙を目前に控える政権担当者が、世論の動向や支持率を全く度外視して国内的に注目度の高い外交政策を遂行することは非現実的である。
果たして政策決定者は、何故、いかなる条件の下で世論の動向を外交政策に反映させようとするのか? もしくは、どのような場合に、戦略的もしくは対外交渉の観点から、世論と距離を置くことで外交政策の自律性を保とうとするのか? 世論と外交政策との間に中長期的に一致が見られた場合に、何故このような現象が生じ、どちらが主に作用した結果として一致が生まれたのか?
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