山口 ウクライナ戦争について多様な角度で書かれた論考が多く、新しい発見がたくさんありました。デイヴィッド・A・ウェルチ先生の論考「ウクライナ戦争が提起する五つの論点」で示された、ウクライナ戦争に関する5つの命題ですが、最初に出てくるのが個人の重要性です。
ここではプーチン大統領をウェルチ先生は挙げていますが、実はゼレンスキー大統領も重要です。もし大統領がゼレンスキーでなければ、ウクライナ戦争の展開は違った形になっていたでしょう。
国家の指導者がどういう性格の持ち主で、どういうスタイルの政治をやるかということは非常に重要な問題だと思います。民主主義国家であろうが、ある種の専制的な国家であろうが、これは一緒です。
中西 また、ウェルチ先生は、理念が非常に重要だとも書いておられますね。
山口 私もNATOが改めて理念で一緒になったという感じを持っています。2022年11月にカナダのハリファックスで開催された国際安全保障フォーラムに参加しましたが、NATOの関係国はウクライナに対してどういう支援をしているかということをしきりにアピールしていました。
他方、東アジアでは、どうでしょうか。例えば日韓関係というのは決して良いとは言えませんでしたが、今少し良くなりかけています。やはり日韓の間で理念が共有できるようになると、結束の度合いが強くなります。そういった理念の重要性について今回、ヨーロッパから学びました。
また、経済は考えられていたほど重要ではないというご指摘は、まさに北朝鮮にぴったり当たります。経済制裁は効かないと我々は既に肌感覚では持っていましたが、それが今回の戦争でヨーロッパでも証明されたということです。
中西 ウェルチ先生のご論考以外に印象に残ったものはありますか。
山口 秋山信将先生のご論考のタイトルは「リアリズムの誘惑、リベラリズムの憂鬱」と、韻を踏んでいてなかなかいいですね。しかし私から見ると、実はリアリズムも憂鬱なのではないかという気がしています。
リアリストは合理的に判断しますが、今回のロシアの判断が本当に合理的かつロシアの頭脳が全て駆使されたとはまったく思えず、リアリズムもリベラリズムも憂鬱だという印象を私自身が受けました。
※後編:ウクライナ戦争の教訓は「理念や価値観を共有する仲間は、多いほうがいい」に続く
廣瀬陽子(Yoko Hirose)
慶應義塾大学総合政策学部教授。1972年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学、政策・メディア博士(慶應義塾大学)。専門は国際政治、旧ソ連地域研究、紛争・平和研究。主著に『旧ソ連地域と紛争──石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス──国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア・太平洋賞特別賞)、『ロシアと中国 反米の戦略』(筑摩新書)、『新しい地政学』(共著、東洋経済新報社)、『ハイブリッド戦争──ロシアの新しい国家戦略』(講談社新書)など多数。
山口 昇(Noboru Yamaguchi)
国際大学国際関係学研究科教授。1951年生まれ。防衛大学校卒業、陸上自衛隊入隊。在米大使館防衛駐在官、陸上自衛隊研究本部長などを歴任した後、2008年陸将で退官。在職間フレッチャー法律外交大学院修士課程及びハーバード大学オリン戦略研究所に留学。退官後、防衛大学校教授、国際大学国際大学研究所教授を経て現職。この間、2011年内閣官房参与(危機管理担当)、2017〜19年「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」委員などを歴任。専門は国際関係論。主な著書に『日米同盟と東南アジア──伝統的安全保障を超えて』(共著、千倉書房)など。
中西 寛(Hiroshi Nakanishi)
京都大学大学院法学研究科教授、アステイオン編集委員。1962年生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了、同法学研究科博士後期課程退学、シカゴ大学歴史学部博士課程留学。京都大学法学部助教授、ロンドン大学政治経済校(LSE)、オーストラリア国立大学(ANU)、スウェーデン国際問題研究所で客員研究員を経て、現職。専門は国際政治学。著書に『国際政治とは何か──地球社会における人間と秩序』(中公新書)、『戦後日本外交史』(共著、有斐閣)、『国際政治学』(共編著、有斐閣)など。
「アステイオン」97号
特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
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