私は、国際政治学で長年続いてきたパラダイム間の論争で、どこかの学派に強い信念をもって肩入れしてきたわけではないと思っているが、もちろんだからといって競合するパラダイムのどの陣営にも、同じ程度の共感をもっているという訳でもない。
すべてのパラダイムからなにがしかの要素を、学派を超えた、いわば「教会一致主義」的な精神でつなぎ合わせて1つの話を作ることもできるかもしれないが、それでは一貫性の欠くものになるだろう。
また、完全に降参して、編集部の要請に応ずるのは無理で、私も含めてこの分野の誰も何も判っていない、と宣言することもできるかもしれないが、それは短いのはもちろん、途方もなく退屈な原稿になるだろう。
したがって政治学は純粋に予測可能な科学ではないということをまずは認め、その上で予測というよりも、多くの人々が「根拠に基づいた思い切った推論(informed speculation)」と呼ぶものをここで提示したい。よって読者にはすこしばかり猜疑心を持ちつつ以下の議論を受け止めてもらえればと思う。
自分の概念的前提、言い換えれば今となっては相当長くなってしまった私自身の職業的人生における観察と、分析上成功も失敗もあったが、これまでの研究の基礎にあった信念を知的透明性の精神に基づき、列挙することから始めよう。ロシア─ウクライナ戦争について特に以下の5つの命題を念頭におくのが重要だと思われる。
※第2回:「個人の性格」を過小評価してきた国際政治学──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(中)に続く
デイヴィッド・A・ウェルチ(David A. Welch)
1960年生まれ。1990年ハーバード大学大学院にてPh.D(政治学)取得。トロント大学政治学部助教授、同教授などを経て、現職。国際関係論、国際紛争論。主な著書に"Painful Choices: A Theory of Foreign Policy Change"(Princeton University Press, 2005)、"Security: A Philosophical Investigation"(Cambridge University Press, 2022)
『アステイオン』97号
特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス
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