ついでに付け加えておくと、今となってはイラク戦争はアメリカにとってとりわけ不都合である。一方的な侵攻に対して道徳的高みから説教を垂れようにも、自国が20年足らず前に同じ罪をおかしていれば、説得力を持つのは難しい。
戦争初期の段階でのロシアの侵攻に対する西側の反応からは、ロシアを食い止めるための手段として経済制裁への強い信頼感が読みとれる。確かに、経済的対応に際して見られたスピードも、その規模や協力の度合いも印象的なものだった。
しかし経済制裁によってプーチンの野望が縮小したり、ロシア人一般や金持ちのオリガルヒがプーチンに対抗し、場合によってはプーチン政権を打倒しようとしたことを示す兆候は見られない(※3)。
エネルギー供給や食料輸出の削減という形をとっている、ロシアによる経済的対抗手段は、あきらかに西側に打撃を与えているし、傍観している開発途上国にとっては、おそらく一層被害は大きく、そのため経済制裁への参加を控える動きにつながっているのだろう。
しかし、通常人々は屈辱や新たな攻撃に比べれば、経済的耐乏には耐えるものだ。このダイナミズムはいずれの側にも対称的な形で作用している。
ロシア人もウクライナ人もともに自分たちが現在進行中のドラマの被害者だと見なしていて、ともに耐乏生活に耐える意気込みを発揮してきた。私見では西側諸国も、ロシアの勝利という結果を恐れる理由からだけであっても、たじろぐことはないだろう。
経済制裁の効果について最大限言えそうなことは、ロシア軍が西側のテクノロジーが遮断されたために困難に直面しているということだと思われる。しかしロシアはハイテクだけではなく、ローテク戦争を戦うことができ、ローテク戦争につきものの一層の残虐性を避けようとしないのは、明らかだ。
※第3回:「プーチンの戦争」が我々に残した教訓「ブラックスワン」──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(下)に続く
デイヴィッド・A・ウェルチ(David A. Welch)
1960年生まれ。1990年ハーバード大学大学院にてPh.D(政治学)取得。トロント大学政治学部助教授、同教授などを経て、現職。国際関係論、国際紛争論。主な著書に"Painful Choices: A Theory of Foreign Policy Change"(Princeton University Press, 2005)、"Security: A Philosophical Investigation"(Cambridge University Press, 2022)
『アステイオン』97号
特集「ウクライナ戦争──世界の視点から」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
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