どうやら、19世紀から関心を集めてきたギッフェン財の現実の経済における証拠は非常に限られており、稀な存在と考えても良さそうである。まとめると、既存研究からは次の教訓が得られる。
このように、科学的には正しさがほぼ立証されているにもかかわらず、世の中には「需要法則が間違っている」という主張も存在する。いったいどのような理屈なのだろうか。
かつて筆者自身が目にした、需要法則に対する批判は次のようなものであった。
需要法則が成り立っている市場では、右下がりの需要曲線に沿って「高い価格と少ない数量」「低い価格と多い数量」という組み合わせが、データ上からもいかにも観測されそうである。言い方を変えると、価格と数量との間に負の相関が出てきそうだ。こう考えると、Bの言説は説得力のある需要法則の反証のように見えてくるだろう。
しかし、この推論には大きな落とし穴がある。需要法則が意味するのは、あくまで「ある時点で」需要曲線が右下がりであることであって、観測期間を通じて需要曲線が同じ曲線であり続けることを意味しないからである。むしろ、需要曲線の位置というのは、日々(あるいは刻一刻と)変わっていくと考える方が自然だろう。ある日の価格と販売量の組み合わせは、その日の需要曲線上の一点を表しているに過ぎない。
同様に、別の日の価格と販売量の組み合わせは、これとは別の需要曲線上の一点に対応している。2つの需要曲線が十分に似通っていない限り、これらのデータから需要曲線の形状に関する情報を引き出すことはできないのである。
もう少し具体的に説明してみよう。いま、ある商品が大手メディアで取り上げられ、にわかに人気が高まったとしよう。売り手が仮に全く同じ価格で販売し続けたとしてもこれまでより多く売れるため、この商品の需要曲線は右側に移動(シフト)した、と解釈することができる。
ここでもし価格を引き上げる、あるいは従来この商品に対して行っていたセールを一時的に停止する、という形で店舗側が値上げを行えば、人気が出る前と比べて「より高い価格でより多く」売れることになるだろう。前後のデータを合わせて表示すると、「低い価格と少ない数量」と「高い価格と多い数量」の組み合わせが実現し、正の相関を持つことになる。
しかし、それぞれの時点における需要曲線はどちらも右下がりであり、需要法則は依然として成立している。つまり、異なる時点の販売データを並べて価格と数量の関係を調べても、需要曲線がシフトしている可能性がある限り、需要法則が成立するかどうかを直接判定することはできないのだ。
vol.101
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