アステイオン

経済学

価格を上げると需要は下がる。この需要法則はいつでも正しい法則なのか?──「需要法則」からの接近(中)

2022年11月10日(木)08時00分
安田洋祐(大阪大学大学院経済学研究科教授)

では、なぜ価格が上がると需要が増えるのか。そのロジックについて、仮想的な状況をイメージしながら説明していきたい。

いま、所得の大半を食費に使っている貧しい家庭をイメージして欲しい。限られた予算の中で、米とおかずをバランスよく消費していたところ、異常気象による不作が原因で急に米の価格が値上がりしたとしよう。

このとき、以前と同じようなバランスで消費を行うことはできない。なぜなら、同じ量を購入してしまうと、値上がりした分だけ食費が増えて予算をオーバーしてしまうからだ。代わりに、この家庭が取れる選択肢は次の3つである。


1. 米の消費を一気に減らしておかずの消費を増やす
2. 米の消費を減らすと同時におかずの消費も減らす
3. 米の消費を増やしておかずの消費を一気に減らす


最初の選択肢はカロリー不足が懸念されるため、あまり現実的ではないだろう。生きていく上で、一定量の穀物消費はやはり欠かすことができない。残り2つの中で、2を選ぶ家庭が多ければ需要法則が成り立つ。

しかし、逆に3を選ぶ家庭が多い場合には、値上げに対して市場全体で需要が増えることになり、米がギッフェン財となる。直感的には、米の値上がりによって以前と比べて実質的により貧しくなってしまったので、本来であれば購入していたはずの割高なおかずを我慢して、とりあえずお腹がふくれる割安な米をより多く食べるようになる、と考えると理解しやすいかもしれない。

以上の考察は、理屈の上ではギッフェン財が存在し得る、つまり需要法則が成り立たない可能性があることを示唆している。

では、現実の経済においてギッフェン財は本当に存在するのだろうか。データを用いた実証分析によって、ギッフェン財であると裏付けられた実例は存在するのだろうか。

最も有名な仮説として、19世紀半ばにアイルランドで起きたジャガイモ飢饉におけるジャガイモがギッフェン財である、というものが知られている。しかし取得できるデータの制約もあり、いくつか論文は書かれているもののはっきりとした結論は出ていない。その中には、明確に「ギッフェン財ではない」と主張する有力な研究も含まれる(※1)。

他には、2008年に出版された比較的新しい研究で、中国の湖南省に住む貧困世帯から得られた消費データを用いて、「米がギッフェン財である」ことを精緻に実証した論文がある(※2)。この論文の中で著者たちは、「私たちの知る限り、これは現実の世界においてギッフェン財の存在を厳密な形で示した、初めての実証的な証拠である。」(筆者訳)と述べている。

PAGE TOP