土居 そうした政策論議に、経済学者が貢献するのは重要ですね。今も、優秀な若い経済学者はいっぱいいますが、政策の在り方について激しく対立している局面で、あえて火中の栗を拾いたくないというポジションをとる人が多いと思います。
ご自身の持論があっても、積極的に関わりたくない。これは学術的な理由だけではなく、今の政策論議がアカデミアからすると厳しい環境に置かれているという面がむしろ大きいと思います。
井伊先生も私も経済学者として、医療に関しては言いたいことを言わせてもらっています。しかし、世論が賛成してくれないと、実現の道はなかなか険しいというのが実情です。
井伊 いつも日本の医療関係のニュースを見ていて不思議に思うのは、コメントをする人の人選です。
例えばイギリスでは医学会が専門家集団として機能していて、メディアでの発言内容も標準化されていると思いますが、日本では学会が専門家集団になっていない面もあるためか、メディアは、属人的なコネクションでコメントを取っている感じで、バラツキがあるように思います。メディア側の勉強も必要なのではないでしょうか。
山脇 メディアも様々努力していると思います。ただ、今の井伊先生のお話で、政策研究大学院大学の岩間陽子教授が、ロシア・ウクライナ戦争にからんで、「日本のメディアが生き残りたければ、社員のレベルアップが必須。今の日本の学卒レベルの政治・経済の知識で、現在の社会情勢に太刀打ちできるとは思えない」などとツイートして、話題になったことを思い出しました。
記者も修士号を取ればいいという単純な話ではないと思いますが、あらゆる分野が専門化しているので、メディアも従来以上に、努力しなければならない難しい時代だと思います。
記者は、社会を広く見渡すことが必要であると同時に、学者と論争できるレベルの専門知識を得るための時間も必要です。従来型の記者養成システムは変わっていく必要があるのでしょう。
井伊 日本の医療に関する報道の場合は医療側にも問題があります。先ほど申し上げたように、専門家集団が社会に向けて偏りのない情報をわかりやすく提供することが常態であれば、メディアの人も対応しやすいでしょう。早く日本もそのような状態になってほしいです。
10年ほど前、山脇さんのご紹介で、朝日新聞の記者の方が海外のGP(家庭医)の役割と日本の医療問題に関して私にインタビューをして、それをもとに朝日新聞のGLOBEに記事を書いてくださったことがありました。
その後、多方面から多くの問い合わせがあり、多くの人が関心を持ってくれたことがわかりました。やはり、プロの書き手による記事はとても読みやすく、私自身が気づかない視点もあり、こうしたアカデミズムとジャーナリズムの協働の重要性を強く感じました。
土居 今回の『アステイオン』96号の特集は、経済学者と世間とのギャップを取り扱っているわけですが、メディアは「世間」に近いでしょうから、その立場からみて、山脇さんのご感想、ご意見を、うかがえますでしょうか。
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