本特集では、多くの経済学者が同意している定説や命題が、必ずしも人々の生活実感と合致しないという皮肉な状況を扱っているが、経済学者にとってもう1つ悩ましい現象に直面している。それは、経済学者の間で意見が対立している学説ほど、世間では話題となって多くの人々の知るところになる、という現象である。経済学者の間で意見が対立しているから、両論の長短をバランスよく扱う賢明さがあればよい。
しかし、実際には、対立している経済学説の片方を、熱烈に信じる一群が現れたりする。経済学者の多くが同意していて、論理的には相当な確度で成り立っているにもかかわらず、それを深く信じる人々はあまりないことが多々ある一方で、経済学者の過半数は否定している学説を強く信じる人々もいるということである。
本特集を通じて、経済学が直面するこうしたギャップを少しでも解消したいと望んでいるが、それは厚かましい望みかもしれない。それでも、経済学的視点の面白さが、読者に少しでも伝われば幸甚である。
土居丈朗(Takero Doi)
1970 年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、現職。専門は財政学、経済政策論など。著書に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学(第2版)』 (日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)、『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)などがある。
『アステイオン 96』
特集「経済学の常識、世間の常識」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
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