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経済学

「経済学の常識」は「世間の非常識」か?

2022年05月19日(木)07時10分
土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)

経済学の基本理論は、家計や企業の行動を個々に捉えるミクロ経済学と、消費や投資といった経済全体の動きを捉えるマクロ経済学と呼ばれるものから構成される。

ミクロ経済学における「常識」として、安田洋祐(大阪大学准教授)は、「需要法則」(価格を上げると需要が減る)を挙げる。需要法則は、たいていの場合は人々の「常識」ではあるのだが、意外にそれに反する見方が時折、巷間(こうかん)で出てきたりするところが面白い。

宇南山卓(京都大学教授)は、「ライフサイクル理論」(人々は現在から将来の状況を考慮して自らの効用(満足度)を最大にするように消費する)を、マクロ経済学における「常識」として挙げる。「低所得者」が「経済的弱者」とみる世間の「常識」に比して、今だけ「低所得者」である人ではなく、生涯を通じて「低所得者」である人に目を向ける重要性を説く。

経済理論の応用分野として、本特集では、公共経済学、労働経済学、教育経済学、医療経済学を取り上げ、それぞれの分野での「常識」を紹介する。

税財政を取り扱う公共経済学における「常識」として、別所俊一郎(東京大学准教授)は、法人税は企業が負担しているのではない、という考え方を深掘りしている。法人税は、一見すると「法人」たる企業が負担して、消費者は一切負担しないかにみえる。しかし、よく考えれば、税は生身の人間にしか負担できないわけで、法人という「怪物」が負担してくれるわけではない。その認識のギャップに迫る。

黒田祥子(早稲田大学教授)は、「健康経営」(企業が従業員の健康増進に取り組むことは、収益性を高める投資であるとの考えに基づく経営)を労働経済学の視点から捉え、理想と経済学の研究結果とのギャップに着目する。健康経営に努めれば企業業績が上がると期待されるが、経済学ではまだそうした研究成果は確立していない。しかし、健康が蔑ろにされてよいわけはない。今後の活路も含めて「常識」を問うている。 

教育経済学において、認知能力を向上させる教育だけが生涯所得を高めるわけではなく、非認知能力の向上も極めて重要な要素であることが「常識」になっていることを、中室牧子(慶應義塾大学教授)が解説している。数々の実験も含めたエビデンスに基づく教育を、わが国でも進めてゆく示唆が盛り込まれている。

井伊雅子(一橋大学教授)は、日本の医療は、世界に冠たる高い質の制度を有していることが世間の「常識」と思われているが、医療経済学からみると極めて脆弱な部分が多いことが「常識」であることを明らかにしている。確かに、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の局面では、日本の医療の弱点が浮き彫りになった。その他、薬漬けや検査好き、健康そうな人ほど医者嫌いといったわが国での医療の過剰と過少が、経済学的にあぶりだされている。

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