アステイオン

ベラルーシ

ベラルーシの闇、ソ連の歴史を描いたノーベル賞作家と「ソ連最後の子供たち」世代作家

2022年03月14日(月)16時35分
奈倉有里(早稲田大学講師、翻訳家)※アステイオン95より転載

2020年夏のベラルーシ大統領選から1年以上が経った(編集部注:2021年11月現在)。26年もアレクサンドル・ルカシェンコが独裁を続けてきたベラルーシにおいて、5年おきの「大統領選挙」は、もはや政府による大規模な不正が誰の目にも明らかになっていた──選挙法の改悪、対立候補の投獄や国外追放、民主派ジャーナリストの暗殺、選挙結果の大規模な改竄。

いまアレクシエーヴィチはベラルーシの人々から話を聞き、それを積みあげるようにして小説を書いているという。「私はじっくり書くタイプですから、完成はまだ先だと思いますが」と語るその新作には、どんな人々が書かれるのだろう。

ただ、これまで書いてきた本が第二次世界大戦や原発事故などの「とりかえしのつかない惨事」の痕跡を追ったものであるのに対し、ベラルーシ民主化はこれから新しい道を切り開くべき課題であり、アレクシエーヴィチ自身も選挙後の調整評議会に名を連ねているわけだから、未来に対しより直接的に語りかけるような内容になるのかもしれない。


 サーシャ・フィリペンコ
『理不尽ゲーム』
(奈倉有里訳、集英社、2021年)

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いま日本語で読める現代ベラルーシの小説は決して多くないが、アレクシエーヴィチのほかには、今年(編集部注:2021年)拙訳の『理不尽ゲーム』(集英社)が刊行されたサーシャ・フィリペンコがいる。1948年生まれのアレクシエーヴィチに比べると84年生まれのフィリペンコはだいぶ若い世代の作家だが、デビュー作の『理不尽ゲーム』はまさにベラルーシの民主化を扱った作品だ。

「ソ連最後の子供たち」世代と呼ばれる作者が、幼少期のソ連崩壊とその後のわずかな「自由」を、そしてルカシェンコの台頭と「昏睡状態」に喩えられるようなベラルーシの長く不自由な日々をいかに過ごしてきたか。

そこには、2020年に大々的に表面化し世界が知ることになった選挙前後の不正や弾圧やジャーナリストの暗殺といった問題が十年前すでに起こっていたことが語られている。フィリペンコはその後も、若者のいじめと同じ構造がいかに現代の大人社会に根づいているかなど、身近な社会問題を扱った作品を発表していた。

だがあるとき彼が自著の刊行記念イベントをおこなっていると、一人の若者が作者の前に歩み寄る──「すごい資料があるんだ、ぜひ小説に書いてくれないか」。ボグスラフスキーというその歴史研究者は、ソ連と赤十字の知られざる交信記録をアーカイヴから掘り出していた。「その瞬間、僕の作家人生は変わった」と、フィリペンコは語る。

これまで現代の社会問題を描きながらもどかしく感じていたその根っこを──歴史を、描きだしてやろうという希望が生まれたのだ。彼らはともにアーカイヴを巡り、スイスにも赴いて赤十字本部所蔵の資料を掘り起こす。

そうして、アレクシエーヴィチの扱う題材が徐々に現代へ向かっているのとは対照的に、フィリペンコは次第にソ連の歴史に目を向けていく。ベラルーシの閉塞感、国民の命がないがしろにされ続ける社会は、どのような歴史のもとに成り立ってきたのか。

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