SUNTORY FOUNDATION
この度、戦争による傷病がもとで障害者となった人びとがその後どのように生活したのかに着目した『戦争障害者の社会史』が、サントリー学芸賞を受賞できたこと、大変うれしく思います。本書は歴史学の研究書で、二つの世界大戦の時代に書き残された史料(およびインタビュー)を用いて、戦争障害者たちと彼らを取り巻く社会の様子を描き出すという実証的な方法をとっています。この実証的な方法には、行政の公文書やそれぞれの時代に書き残された日記類、また発行された文献から、その時代の人びとの声を拾い上げる地道な作業が欠かせません。
本書ではその当時の人びとの声を集め、それをもとに議論を組み立てて、20世紀前半のドイツという場で、弱者となった戦争障害者への支援が、国家に請求する権利として定着していき、福祉国家の礎となったことを示しました。本書がサントリー学芸賞を受賞できたことは、こうしたコツコツと事実を収集する実証的な歴史学研究を多くの方に知っていただくよい機会になったと思います。そして、事実を拾うもととなる公文書やその時代の手書き文書、印刷物の大切さ、ひいてはそれらの保存の重要性を、同時に認識していただく機会となったと考えます。
戦争「障害者」という表記に関しては、社会福祉の分野では近年、害悪といった否定的なイメージを想起させる「害」ではなく、「碍」もしくはひらがな表記をすることが多くなっています。本書ではタイトルに「戦争障害者」を掲げていますが、それは筆者自身が当事者の方たちに対する差別意識がないとは言えない、という自戒を込めて使用していることをお断りいたします。この表記を不快に思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、その点ご理解いただきたく思います。
戦争障害者のための支援策として生まれた義肢や盲導犬といった補助具は、公的支援を定めた法律を調べる過程で、現在では戦争障害者に限定することなく広く利用に供されていることを知りました。パラスポーツと盲導犬というつながりが見えにくい事柄も、戦争障害者支援の名のもとに一つにまとめられ、国家から無償で提供されるサービスとして発展したのです。
敗戦国となったドイツでは、援護法を制定することで、国家事案である戦争によって障害者となった人びとを救済するのは国であると宣言しました。国家事案によって生じた傷病がもととなって苦しむ人びとに公的支援を提供する援護制度は、今日の社会にも通じる一般的な救済の論理と言えるのではないでしょうか。受賞を励みとして、今後も人びとが戦争をどう生きたのか、社会とどう関わったのかに関心を持って研究を続けていきたいと思います。
●『戦争障害者の社会史――20世紀ドイツの経験と福祉国家』(名古屋大学出版会)
北村陽子(Yoko Kitamura)
1973年生まれ。名古屋大学大学院文学研究科史学地理学専攻博士後期課程満期退学(西洋史学専門)。博士(歴史学)。愛知工業大学基礎教育センター准教授などを経て、現在、名古屋大学大学院人文学研究科准教授。著書『核と放射線の現代史』(共著、昭和堂)など。
vol.100
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