山崎 私とダニエルは二人ともポストモダンが嫌いだったんです。われわれの間では一種の蔑称として「ポモ」と呼んでいた(笑)。私について言えば、自分の時代遅れをごまかしていたのかもしれないんだけれども、もうひとつ関心が持てなかったのが事実です。もう最近になっては、私も特に偏見をもってはいませんが。
山崎 このところ活字文化の停滞のなかで、特に突出して雑誌の部数が落ちています。新書が月刊の総合雑誌の代わりになっているのでしょうが、週刊誌もかなり減っているという具合で、急速に雑誌が縮小してきたのはなぜなのか。どうお考えですか。
苅部 月刊誌と週刊誌が、情報の流れの速度に追いつかなくなっているんじゃないかという気がします。特に月刊のペースで社会・政治に関する時評を発信するのが難しくなってきた。ただ、リアルタイムに事件を追いかけるのではなくて、いったん立ちどまって大局的な見地から問題をとらえ直し、行く先を展望するような文章を読みたいという需要は、まだまだあるのではないでしょうか。月刊よりもゆるやかなペースの活字媒体。
山崎 もう一つ、読者の関心のあり方が狭くなった。これも電子媒体で養われたことなんですね。自分の関心事が初めに決まっていて、知りたいことだけを検索して読む。そうすると、思いがけないものに触れる経験ができなくなってしまうでしょう。ただ電子技術もさらに発展すれば、自分の関心を自動的に広げてくれるような、教育的なメディアが生まれるのかもしれませんが。
雑誌の現状で元気なのはむしろ、関心はきわめて狭く、定番のテーマだけれども内容が古くならないメディアですね。旅とか山とか草花とかの専門的な雑誌が書店にたくさん並んでいます。山なんて、2、3年は情報が古くならない(笑)。
苅部 意外とうまくいかないのが、猫の雑誌だときいたことがあります。実際、いま猫ブームなのに猫の雑誌は少ないでしょう。犬の飼い主はよその家の犬にも興味を持って、かわいいねえと挨拶したりする。だから犬の雑誌もある程度売れます。しかし猫の飼い主は、よその家の猫に興味を持たない。猫を扱ったテレビ番組とか猫カフェとかは人気がありますが、雑誌を買ってよその猫を愛でる行動には、結びつかないような。
山崎 確かに猫ってそうかもしれないね。犬はある程度社会的、社交的でいろんな人に懐くけど、猫は自分の主人にしか懐かないからね。
苅部 では『アステイオン』も、人に魅力をたくさん発散しながら、押しつけにならず社交性を保つ、猫でありつつ犬のような雑誌をめざすということで......何となくオチがついたようですね(笑)。
山崎 正和(やまざき まさかず)
1934年生まれ。劇作家。京都大学大学院美学美術史学専攻博士課程修了。関西大学教授、大阪大学教授、東亜大学学長などを歴任。1963年に『世阿弥』を発表し、岸田国士戯曲賞を受賞。その後も戯曲、評論で受賞多数。文化功労者。
苅部 直(かるべ ただし)
1965年生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。専門は日本政治思想史。著書に『光の領国 和辻哲郎』(岩波現代文庫)、『丸山眞男』(岩波新書、サントリー学芸賞)、『鏡のなかの薄明』(幻戯書房、毎日書評賞)、『歴史という皮膚』(岩波書店)、『安部公房の都市』(講談社)など。
『アステイオン84』
特集 帝国の崩壊と呪縛<
サントリー文化財団・アステイオン編集委員会 編
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