アステイオン

日本政治

「2015年安保」と開かれた討論

2015年11月30日(月)
尾原宏之(立教大学兼任講師・ 2014年度サントリー文化財団鳥井フェロー)

内閣支持率などの「世論」(せろん)に基づく政治を「ファスト政治」と呼ぶ佐藤は、それに「輿論」(よろん)を対置する。戦前、「輿論」はpublic opinion、「世論」はpopular sentimentsを意味する別の言葉だった。「輿論」は開かれた討論を経て練り上げられた意見というニュアンスを持ち、民衆感情としての「世論」とは区別されていたのである。ところが時代が下るにつれ、パブリック・オピニオンとしての「輿論」は「世論」に吸収されてしまった。

どうすれば「輿論」を再生できるだろうか。佐藤は、「輿論」が作り出される基盤を「反転可能性」と「繰り延べ可能性」に見出す。「反転可能性」とは、対立する相手と立場が入れ替わった場合でも自分の意見を許容できるかどうかであり、「繰り延べ可能性」とは、数年後でも同じ主張ができるかどうかである。他者の目と未来の目で自分の意見を検証してはじめて、対話と相互説得が可能になる。「輿論」は、その先に生まれるのである。

佐藤は、罵りと嘲りが溢れる現在のネットメディアには悲観的である。たしかに管見の限り、安保法案をめぐる議論で目を引いたのは賛成派反対派双方の当てこすりや揚げ足取りであった。それぞれ御用学者だの、無知だの、サヨクだののレッテルが貼られるばかりで、立場を超えた真摯な対話はあまり見られなかった。佐藤の提起は、すべての話者が服膺すべきモラルである。

今回の反安保運動に対するスタンスは違う両者だが、運動の社会的な盛り上がりと、討論による「輿論」の構築は決して両立不可能ではないように思われる。デモを通して何かを話し始め、動き始めた人々がいかに開かれた議論に参加していくか。このフォーラムは、新しい政治の可能性を示唆するものだったと言えよう。

尾原 宏之(おはら ひろゆき)
立教大学兼任講師
2014年度サントリー文化財団鳥井フェロー

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