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ワールドカップ「退屈」日記

なんだ、いつものW杯じゃないか

2010年06月20日(日)19時02分

 暑かった。オランダ戦のキックオフは午後1時30分、予想最高気温は25度。僕の席はバックスタンドの15列目だから臨場感はあるけれど、日差しが容赦なく照りつける。

 暑いのだが、いろんなことが明るくて楽しい。ダーバンは都会だし、天気は言うことなし。おまけにスタジアムがすばらしい。

 日本のテレビでも紹介されたと思うが、このスタジアムにはピッチの真上にアーチがかかっている。106メートルの高さに展望台があり、「スカイウォーク」というケーブルカーのようなもので登ることができる。南側からは約550段の階段を上っても行けるそうだ。でも、あの細いところを上って、地上106メートルまで行くというのは、どんな感じなのだろう。観光案内の説明には「安全装具を着用したうえで」とあるが、そんなものをつけたところで絶対に足がすくむと思う。

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 正式名称は「モーゼス・マビダ・スタジアム」。モーゼス・マビダは、南アフリカ共産党員として活動し、後にアフリカ民族会議(ANC)とともに反アパルトヘイト闘争に従事した人だそうだ。スタジアムの一角に、日本語を含むさまざまな言葉で「勝利は確実だ!」と書かれていた。マビダの言葉だという。最初見たときはナイキの広告かと思った。マビダさんには、とても失礼なことをした。

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 日本のファンは第1戦よりはずいぶん多い印象だ。1試合だけ見るツアーに参加する人は、やはりオランダ戦をねらったのだろう。南アフリカの治安についてのネガティブな報道があんなにあっても、「ワールドカップに行く人に初めて会いました」などと言われても、「うちの会社に1人いるんですよ、南アに行くのが」と営業のトークのネタに使われても、みんなこうして現地にやって来た。

 でも、キックオフ時のスタンドの色合いを見ると、オランダのオレンジが8、日本のブルーが2くらいに見える。前の記事に書いた懸念は当たってしまった。オランダからやって来たサポーターが多いのに加え、旧宗主国のオランダを応援する地元ファンがオレンジのシャツを着ているようだ。

 しかし地元ファンのなかにも、日本をサポートしてくれた人はけっこういたのだ。

 僕の泊まっているホテルはダーバンの北郊にあるフロリダ・ロードというおしゃれなエリアにある。ホテルはモロッコかトルコを思わせるインテリアで、なかなかかっこいいのだが、併設されているカフェがこれまたクールだ。東京でいうと、中目黒あたりにありそうなテイストの店である。

 スタジアムに出かける前にこのカフェに行くと、頭に日の丸をつけた男性がお茶をしていた。ちょっと驚いて、「すみません、日本を応援していらっしゃるんですか」と声をかけた。彼はダーバン在住の南アフリカ人だが、古武道をやっているので日本に何度も行っているという。「応援してくれてありがとう」とつい言ってしまう。

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 スタジアムをめざして歩いていくと(ホテルから歩ける距離なのだ)、道端に地元紙の広告が貼られている。「頑張れ、日本」と日本語で書かれている。スタジアムに入ると、帽子に「宮島」という日本語のワッペンを貼っている男性がいる。宮島って、広島の宮島だろうか。「どうして宮島なんですか」と聞くと、「息子がいま住んでいる」という。「私も日本には何度も行った。東京はすばらしい。新宿、渋谷、秋葉原、浅草......みんな行った」

 最初は日本のものをまとっている地元ファンが珍しくて、声をかけたりしていたのだが、スタジアムに入るとブルーのシャツを着ている南アフリカの人がさらに目についた。オレンジに染まるなかでブルーを着てくれるのはありがたいが、それはそれで、ある種の勇気を要することかもしれない。

 制服をきちんと着た黒人の若い子たちが、列をつくってスタジアムに入ってくる。学校ぐるみでワールドカップ観戦に来たのだろう。男の子も女の子もあんまりかわいいのでカメラを向けたら、女の子たちがキャーッという感じで寄ってきてくれた。かわいいですね。

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 試合内容についてはいろんなことが言われているだろうけど、日本代表はいい試合をしたんじゃないかと思う。もちろん欲を言えばキリがない。しかし、少なくともスタジアムにいた日本人ファンを大きく失望させることはなかった。スコアは0−1だから、予想の範囲内では最高のものだったろう。

 けれども、日本がこの相手に勝てる日は遠いと思わされたのも、いつものことだった。試合後のスタンドには、唇をかんだり、目を少し潤ませたりして、敗戦を悔しがる日本人サポーターの姿があった。僕もひどく疲れている自分を感じた。いくら予想の範囲内とはいっても、勝つと負けるとでは大変な差がある。

 悔しい思いをしながらも、多くの日本人サポーターがちゃんとワールドカップを楽しんでいた。いつものことだが、浴衣を着たり、ちょんまげをつけたりして、「日本」をアピールする人たちがけっこういた。そんな出で立ちで、オランダ人や他の国から来たファンと仲よくカメラに収まる。写真を撮った後にみんなで「イェー!」と叫んだり、握手をしたり、ハグしたりする。ワールドカップではおなじみの光景である。

 スタジアムから30分ほど歩いて、インド洋に面したビーチに出た。南北に長く続くビーチはいかにも観光地の顔つきで、あまり品がいいとは言えないのだが、とりあえずここに来れば観光客は安心できる。どの都市にもそんな場所が1つか2つ、必ずある。

 オレンジのシャツを着たオランダ人が2人、僕のところに寄ってきた。「Who won the match?(試合はどっちが勝ったの?)」と言う。真顔である。テレビで試合を途中まで見ていたが、結果を確認していないから聞きに来たというような口ぶりだ。でも、2人の格好からするとスタジアムに行っていたにちがいないので、真意を測りかねた。

 2人は、とまどっている僕の顔を確認し、一瞬おいてから「ラーリラーリラーリラ〜」と歌いだした。要するに「勝ったのは俺たちだ」と言いたかっただけなのだ。おいおい、おまえら天下のオランダだろうよ、日本人ごときを相手にそんなことしなくてもいいだろうよ、と思ったが、こんな国同士の軽口もワールドカップではありがちなことだ。

 ダーバンの6月19日は、そんな1日だった。いろんなことがいつものように進んでいた。

 なんだ、これはいつものワールドカップじゃないか。南アフリカでワールドカップは開けないなんて言ったのは誰なんだ?

*原稿にする前のつぶやきも、現地からtwitterで配信しています。

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BLOGGER'S PROFILE

森田浩之

ジャーナリスト。NHK記者、Newsweek日本版副編集長を経て、フリーランスに。早稲田大学政経学部卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)メディア学修士。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』、訳書に『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』など。