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『To Kill a Mockingbird』そのものが自伝的小説だと言われているが、その元になった新作はさらに自伝的なものを感じさせる。そして、想像以上に小説としての完成度が低い。文章は固く、洗練されていない表現が目立つ。筋書きやテーマに貢献せず「いったい何のためにこの部分を書いたのか?」と首をかしげたくなるような部分も多い。
そういった面では、じつに「初心者の初稿」らしい原稿だ。原稿を読んだ編集者のテイ・ホホフがこの小説をそのまま出版しなかった理由がとてもよくわかる。ホホフが「これよりも、Scoutの子供時代を描いたらどうか?」と提案し、何度も書きなおさせた結果が名作の『To Kill a Mockingbird』なのである。
リーの処女作の問題は、小説として未完成なだけではない。本書の主人公とリーの立場は非常に似通っている。アラバマ出身でニューヨークに住む著者はリベラルな友人たちから故郷の人々を批判され、心を傷めていたに違いない。故郷の白人たちを「外の州の人には見えないだろうが、彼らにもこういう言い分があるのだ。残酷な人種差別者ばかりだと決め付けないでほしい」と擁護したかった気持ちがにじみ出ている。Atticusや亡くなった兄の友人Henryを魅力的に描いた後で、彼らに人種分離政策に賛成する白人の立場を語らせているのはそのためだろう。それに対するJean Louiseの強い非難はニューヨークのリベラルの立場を代表するものであり、問題提起としては興味深い。しかし、小説の終わり方からは白人至上主義者擁護のイメージが抜けず、1950年代後半に書かれたことを考慮すると、やはり出版するべき作品ではなかったと言える。
興味深いのは、リーがAtticusに語らせた南部の白人のセンチメント(心情)が現在とまったく同じだということだ。こんなに時間が経ってもアメリカの人種差別はまだ解決していない。そういう意味でAtticusとHenryの見解は間違っていたことになる。それにもかかわらずこの小説を今になって刊行しようとしたリーの決断には首を傾げずにはいられない。リーに次作を書かせようと支えてきたホホフは、一度として『Watchman』を蘇らせようとはしなかった。1974年に亡くなった彼女が生きていたら、きっと止めたことだろう。
この小説により、『To Kill a Mockingbird』が与えた強いメッセージが濁る気がするし、Atticusのイメージが変わってファンはがっかりするかもしれない。
唯一良かったのは、この未熟な小説をあの名作へと高めた名編集者ホホフの指導力を実感できることだ。
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