英王室が親ナチス政策を支持した史実も曖昧に
真実の隠蔽と虚偽のほのめかしが入り混じったシーンは、ほかにもある。ナチスとの宥和政策を推し進めたボールドウィン首相と後任のチェンバレン首相を、イギリス王室が一貫して支持していた事実についても、ぼかした描き方しかされていない(この政策のおかげでイギリスの立場は守られた一方、ヒトラーは欧州で好き勝手に振舞えるようになった)。
この指摘について、サイドラーは次のように反論している。
ヒトラーを懐柔しようとするチェンバレンをアルバート王子が支持していたと、ヒッチェンズは批判するが、イギリスではチャーチル以外のほぼ誰もが、アルバート王子と同じ態度を取っていた。
何事についても、後になってわかることは多い。イギリスは第1次大戦で一世代の精鋭を失っており、さらなる戦争など誰も望んでいなかった。さらに、イギリスには十分な準備もなかった。チェンバレンには軍需品の生産を進める時間が必要で、実際、生産を押し進めた。本気で宥和政策を信じていたら、そんなことはしない。
(イギリスが譲歩することで戦争を回避する)ミュンヘン協定をナチス・ドイツと締結したチェンバレンが帰国すると、官邸周辺に群集が集まり、英雄チェンバレンに喝采を送った。もちろん王室も、チェンバレンを支持した。憲法の定めによって、支持せざるをえなかったのだ。
「後になってわかることは多い」という決まり文句が出てくるのは大抵悪いサインだが、サイドラーの脚本に関しては、この言い訳は通用しない。彼はあらゆる点について誤解しているだけでなく、この期に及んでなおチェンバレンの政策について言い訳を並べ、正当化しようとしている。...続く
(Slate特約)
─【後編】は2月25日にアップする予定です
─自分も吃音で73歳のサイドラーが『英国王のスピーチ』を完成させるまでの執念の物語、
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