原発事故による放射能被害で、避難を余儀なくされた福島県浪江町津島地区の酪農家たちを取材し始めたのは、2011年4月のこと。三瓶利仙(さんぺい・としのり)さんは乳牛と共に本宮市に移転し、多くが廃業した後も親戚の今野剛さんと酪農を続けていた。
しかし彼は15年の冬に、今野さんを残して廃業。当時の様子は、本誌16年3月8日号の記事「忘れられる『フクシマ』、変わりゆく『福島』」でも紹介した。
あれから2年。三瓶さんは津島から約40キロ離れた大玉村で、馬の牧場を始めた。土地を購入し、コツコツと自らの手で整地して厩舎を建てた。預かっている競技用の馬と、自身が所有する馬の合計7頭を世話している。
本宮市で酪農を継続すべく奮闘していた頃の三瓶さんの日々は、原発事故に歪められた人生を取り戻す戦いのように見えた。酪農への情熱と生活環境が変化する不安――。葛藤のなか全力で走り切った4年数カ月、彼には少しでも前に進みたいという強固な意志がみなぎっていた。
だが今になって、酪農を続けたことは正しかったのか、三瓶さんは自問するようになった。落ち着いて考える時間ができた現在では、混乱の中で下した決断に対する疑念も湧いてくると話す。「どうせやめることになるのなら、もっと早くやめてもよかったのではないか。意味がないことをしたかなあ」
「意味のなさ」を感じるようになったことはほかにもある。以前は、月に1度は津島の自宅へ通って家や庭の手入れをしていた。だが一時帰宅のためには役所へ日時を申請し、往復ともに係員を呼んで家へ続く道にあるゲートを開けてもらう必要がある。そうやって他人の手を煩わせることが負担になり、今ではほとんど自宅に行かなくなった。
17年末、復興庁は津島を含む帰還困難区域の除染やインフラ再建を進め、住民の帰還や生業の再生を目指す方針を打ち出した。だが、村落の荒廃と進まない除染の現状を知る三瓶さんは「自分が生きているうちには戻れないだろう」と諦めている。帰還がかなう確証がないまま自宅を手入れするのは、「意味がないこと」と感じ始めている。
故郷、仕事、生きがい......。事故は数々の「諦め」を三瓶さんに強いてきた。その諦めにたどり着くまでの時間や努力まで、「意味のないこと」だったと考えてしまう避難者の現実がある。
事故から7年、全国的には原発関連のニュースを目にする機会は大幅に減った。だが地元では仮設・借り上げ住宅の無償提供が終了した後の住居が決まらなかったり、補償金などをめぐる親族間のもめ事が起きたりと、新たな問題も表面化している。
三瓶さんが、津島で酪農をしていた時のような充実感あふれる暮らしを取り戻すには、時間がかかるかもしれない。新しい牧場もまだ利益が出ていないようで、「馬が食べてしまって終わりだ」と苦笑いする。
私は今後も三瓶さんたちの生活を記録していくつもりだ。それは1日1日に「意味がある」、復興の軌跡だから。
<撮影:郡山総一郎>
1971年宮崎県生まれ。2001年から写真家として活動し、国内外のメディアや美術館で作品を発表している。写真集に『戦争の後に来たもの── カンボジアが映す時代』『原発と村』『FUKUSHIMA×フクシマ×福島』などがある
Photographs by Soichiro Koriyama
<本誌2018年3月13日号掲載>
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