もっともハイエンド機種の開発に傾けた情熱という点では、ヤマハも負けてはいない。60年代半ばに巨匠、ミケランジェリお抱えの調律師に協力を要請、本格的な開発に着手する。
そして「貧血気味」と評されたヤマハのピアノは、やがて「どんな力演にもつぶれない透明感と輝かしい強さを獲得」(同書)し、内外のピアニストの信頼を得ることになる。今ではヤマハのピアノもカワイのピアノも、国際コンクールの「常連」だ。
ところで、本稿の執筆にあたり、筆者が研究地域とするフランスのピアノ事情について調べてみたところ、興味深い事実が判明した。ピアノ経験者の割合が、日本は31.7%、フランスは14.4%と、日本の方が遥かに高いのである(クロス・マーケティング「楽器の演奏に関する調査」2024年8月、Ifop, Les Français, la musique et le piano , juin 2017)。
フランスがピアノの名曲を多く生み出した「ピアノの本場」であることや、公立の音楽院や公設の音楽教室で安価なレッスンを受講できる点を踏まえると、これは不思議な現象だ。
ヤマハやカワイのマーケティング戦略が奏功した結果とも言えるが、戦後、貧しい敗戦国として出発した日本では、一層、ピアノが優雅なイメージで彩られ―それは端的には、ルノワールの「ピアノを弾く少女たち」のイメージと言って良いだろう―、憧れのアイテムとして、多くの人々に欲しがられた、ということなのかもしれない。
いずれにしても、やはりピアノは「楽器の王様」、わずか一台でオーケストラにも匹敵する表現力を備えた実に魅力的な楽器だ。この秋、若きピアニストたちが、浜松で、ヤマハやカワイのピアノでどんな音色を奏でるのか、本当に楽しみだ。
豆原啓介(Keisuke Mamehara)
東京大学文学部スラヴ文学専修卒業。同大学大学院経済学研究科経済史専攻修士課程修了後、パリ第一大学(パンテオン=ソルボンヌ)歴史学部経済史専攻博士課程修了。博士(歴史学)。専門は現代フランス経済史。特に高度成長期におけるエネルギー政策を研究対象としている。2014年度「高度成長期フランスにおける電力エネルギー源選択の歴史的変容」のテーマで、サントリー財団「若手研究者のためのチャレンジ助成」に採択。
『ピアノの日本史』
田中智晃[著]
名古屋大学出版会[刊]
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