すでに視覚障害者の多くはパソコンの読み上げ機能を使って本や書類を読み、聴覚障害者の人々は、ビデオ通話機能を使って手話でおしゃべりを楽しんでいる。
より多くの場所にスロープやエレベーターがあれば、より多くの映画や映像に音声ガイドや字幕があれば、便益を受けられる人はどんどん増えていく。
あ、こんな場所もまだバリアフリー化がなされていなかったのか、と驚いた場所もある。国会議事堂だ。
2019年に重度障害を持つ船後靖彦さんと木村英子さんのふたりが参議院議員として当選したとき、日本の歴史で初めて国会の本会議場の一部バリアフリー化が行われ、少なくとも今後は車椅子ユーザーが議員になる道が拓かれた。
それでも、常にスムーズにバリアフリー化が進むわけでもない。2023年に開かれた名古屋城の復元の市民討論会の時のように、エレベーターを設置して欲しいという要望に対して、障害者への差別的発言を行い、バリアフリー化に反対する人がいたとか。しかも、そんな差別発言を討論会の主催者側も止めなかったというのだから余計にショックだった。
いくらバリアフリー化が世で叫ばれても、心のバリアフリーというものはまだまだ進んでいないと実感させられる。
私たちはいずれ誰もが、老いていく。病を患い、記憶力も悪くなる。足や腰が痛くなり、目も見えづらくなり、耳も聞こえづらくなるかもしれない。それは人間である以上、避けられない共通の運命だ。あのかわいらしい鹿児島の小学生にだって、いずれその日は来る。
私たちがひとり一台ガンダムを持つ時代は、はるか先の未来である。むしろちょっとした技術と体を結合させ、サイボーグ的な存在になる日は遠くない。
いまこの瞬間、私たちはいったいどういう社会を作りたいのか、誰もが行きたい場所に行け、楽しみたいものを楽しめるバリアのない社会とはいかなるものか。『サイボーグになる』は、そんなことを考えさせてくれる一冊である。
川内有緒(Ario Kawauchi)
1972年東京都生まれ。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、その道を断念。中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学の中南米地域研究学で修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)でYahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。趣味は美術鑑賞とDIY小屋づくり。また東京でギャラリー「山小屋」(東京)を運営している。最新刊は『自由の丘に、小屋をつくる』(新潮社)。
『サイボーグになる』
キム・チョヨプ/キム・ウォニョン [著]
牧野 美加 [訳]
岩波書店[刊]
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vol.100
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