移住者にとって、地理的な移動は時間を旅することでもある。そのことを考えると、ここでいう日本人・日系人はあくまでも相対的な意味で、居住する場所が必ずしも明確な判断基準とはならない。
数年間だけの滞在がきっかけで、ついには現地に定住した人もいれば、出身国に戻る人もいた。さらには、複数の人種ルーツを持つ人たちも増えている。そうした多様性もトランスボーダーの表徴の1つと言えよう。
いうまでもないことだが、トランスボーダーという言葉の概念は境界の存在を前提にしている。そのことを念頭に置き、本特集は様々なる越境に着目し、仕切りを越え、境界を往還する現状、歴史のなかでの変遷、ならびにその意義について考察を行う。
越境の日常化は境界を無効にする一方で、その存在を顕在化させることもある。そもそも越境とは何か、境界の生起と消失の反復はどのような可能性をもたらすのか。本特集がそれらの問題についての思索を深めるきっかけとなれば幸いである。
張 競(Kyo Cho)
1953年上海生まれ。華東師範大学卒業、同大学助手を経て1985年に来日。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。著書に『海を越える日本文学』(筑摩書房)、『異文化理解の落とし穴』(岩波書店)、『詩文往還』(日本経済新聞出版)など。
『アステイオン』99号
特集:境界を往還する芸術家たち
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
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