2014年に出版されたベストセラー本『習近平 国政運営を語る』 humphery-shutterstock
近年、中国では習近平政権のもとで「中華民族の偉大な復興」による「中国の夢」の実現が盛んに提唱されてきた。ここで言うところの中華民族とは、そして中国とは一体何を意味するのだろうか。
もともと「中華」とは、必ずしも国家の枠組みを指すわけではなく、中華を取り巻く民族や文化、そこに根づいてきた伝統や習俗などを広く包摂する概念である。そして、そのような曖昧な中華を敢えて定義づけることなく、そのまま受け入れるおおらかな土壌が、以前の中国にはあったように思える。
かつて1970年代末から80年代にかけて、鄧小平指導下の中国は改革開放路線へと大きく舵を切った。その後、1989年6月の天安門事件の衝撃によって中国社会は激震したが、対外開放は続けられた。
1990年代の中国の雰囲気は開放的で、外国人でさえも、来るものは拒まないといった、言わば大陸的なおおらかな雰囲気に包まれていた。そのような高度経済成長の真っただ中にあった当時の中国の街並みは商売っ気や喧騒に溢れ、そこに住む人々は多少泥臭い感じではあったが、寛容で優しかった。
2023年6月上旬、異例の3期目を迎えた習近平が、北京の中国歴史研究院で演説を行った。そのなかで習は「中華民族の現代文明を築くことが、われわれの新時代における新たな文化の使命だ」と主張するとともに、「中華文明には際立った統一性がある」として、「国家統一は常に中国の核心的利益のなかの核心である」と国家統一の重要性を強調した。
この演説の内容が示すように、最近の中国の姿勢は強硬化している。ナショナリズムの御旗を掲げ、中華民族という名のもとで、中華人民共和国という国家の枠組みのなかに人々を強い力で押し込めようとしている印象さえ受ける。
『アステイオン』98号の特集「中華の拡散、中華の深化――『中国の夢』の歴史的展望」(2023年5月)は、かつて「中華」という概念が、国家の枠組みを越えてその周辺を含む、中華世界を包摂する幅広い概念であったことを改めて気づかせてくれる。
同特集では、伝統的に中華世界の強い影響下にあった朝鮮半島や琉球、ベトナム、モンゴルといった周辺地域が、「中華」をいかに位置づけてきたのかについて、それぞれの専門家によって論じられている。
それとともに、いかにしてチベットや新疆が中国共産党政府の統治下に組み込まれてきたのかについて、その歴史的経緯が明らかにされるとともに、最近、「中国式現代化」のもとで統制が強まる香港や、それとは対照的に中国と一線を画してきた台湾にも焦点が当てられている。ここには、多様な角度からなる中華をめぐる重層的な論考が並ぶ。
vol.100
毎年春・秋発行絶賛発売中
絶賛発売中