同特集を企画した岡本隆司は、中国史をめぐる時間軸の縦糸と空間軸の横糸を手繰り寄せ、それらを立体的に捉えて、現代的インプリケーションを紡ぎだしてきたことで知られる歴史研究者である。岡本は、いまの日本人はより長期的な視野に立って、「中華」や「中国」に対する理解を深めるべきだと説く。
確かに、昨今の中国の大国化によって出現した狭隘なナショナリズムは、中国のみならず、日本でも見られている。巷にはびこる根拠の薄い中国をめぐる「陰謀論」をはじめ、いわゆる「嫌中」本や「中国トンデモ」本などが脚光を浴びている日本の現状からすれば、いまいちど、われわれはより冷静に俯瞰した視点から中国を捉え直す必要があるかもしれない。
いずれにせよ、習近平政権が「中華」というキーワードを以て、統治を強化しようとしている現状があるなかで、それにともなう影響は、中国国外にいるわれわれにも大きな影を落としつつある。
ここのところ3年余り、空前のコロナ禍によって中国への渡航の扉はしばらく固く閉ざされてきた。そして、ようやくコロナによる渡航制限が解除されたいま、中国への往来の規制が緩和された。
それにもかかわらず、学術研究目的とした中国大陸での現地調査活動を自由に行うことがままならないという、いまだかつてない不自由な状況に研究者や専門家らがいままさに直面しているのだ。
実は、今世紀に入って中国の外交史料の公開は徐々に進んできた。例えば、胡錦濤政権下で、北京の中心街、朝陽門にある中国外交部の档案館には外国人でさえも自由な出入りが許可されていた時期さえあった。同档案館は、中華人民共和国建国以降の外交関係の資料を多数所蔵している。
かつて筆者が北京に住んでいた時、自宅から中国外交部が割と近かったこともあり、毎日のように档案館に通っていた。しかし、2012年の習近平政権の発足以降、中国では社会全体の統制が強まり、言論活動や資料収集などにも厳しい制限が加えられてきた。
いまや北京の中国外交部の档案館はもとより、地方の档案館への出入りさえも危うくなってきている。近年、罪状が明らかにされないまま、中国国内外のビジネスマンや出版関係者、学者などの拘束が相次いでいることも、そうした中国社会の息苦しさの一端を表わしていると言えよう。
かくして、コロナ以前は中国を頻繁に訪れていたチャイナ・ウォッチャーと呼ばれるような人々の間で、中国渡航の自粛がいまだ続けられているのが現状である。
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