「家に帰れなくなり、新宿駅で冷たいコンクリートの通路に座っていたら、ホームレスのおじさんが、『これ使いな、体に気をつけろよ』と言って、段ボールを一枚分けてくれた」、「電気が全て消えて真っ暗になった町の上で、無数の星が輝いていたのを、一生忘れない」、「自衛官の夫にメールが繋がり、『体に気をつけて』と励ましたら、すぐ『大丈夫だ。今無理しなければ、自分はこれまで何をしてきたんだ。陸上自衛隊をなめんなよ』と返信があった」などのメッセージを読んで、私自身感動した。
この日若者たちは、おそらく生まれて初めて、本当の危機を共有していた。
その後ロンドンの大学で日本の若者について講演した。こうしたメッセージを紹介しながら、傷ついた羽を動かして、ある日ある時飛び立つというビートルズの曲、「ブラックバード」に言及した。
日本の若者にとって、彼ら自身がブラックバードであり、東日本大震災がその「時」だった。自分たちも気づかぬうちに飛び立っていた。時がくれば再び活躍するはずだ、と私の思いをロンドンの聴衆に訴えた。
それから12年、日本の若者は無意識のうちに、再びその「時」の到来に備えている。若者たちの夢は、やがて直面する困難から生まれるだろう。
阿川尚之(Naoyuki Agawa)
1951年生まれ。慶應義塾大学法学部中退、ジョージタウン大学スクール・オブ・フォーリン・サーヴィスならびにロースクール卒業。ソニー、米国法律事務所勤務等を経て、慶應義塾大学総合政策学部教授、同志社大学法学部特別客員教授などを務めた。2002年から2005年まで在米日本国大使館で公使を務める。主な著書に『アメリカン・ロイヤーの誕生』(中公新書)、『憲法で読むアメリカ史』(ちくま学芸文庫)、『憲法改正とは何か──アメリカ改憲史から考える』(新潮選書)など多数。
特集:中華の拡散、中華の深化──「中国の夢」の歴史的展望
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