第3のタイプとして、経済学の常識が十分に世間の常識として知られていないために、非効率性が生じていることもある。安田洋祐が「高額転売の何が問題か?──『需要法則』からの接近」で指摘する需要法則はその例だろう。
製品やサービスの価格付けは難しい。値上げをすると売り上げが下がるというのが需要法則だが、そこまでは多くの人が理解している。
しかし、問題は値上げによってどの程度売り上げが下がるのかということと、売り上げが下がっても利益が下がるとは限らないということまで理解している人が少ないことだ。
前者は、経済学者やデータサイエンティストが得意な分野で、専門的知識がないと、正確に把握することが難しい。特に、原材料価格が高騰して、値上げが必要な時期に、値上げによる需要減少の程度を正確に測定することの価値は高いはずだ。
第4のタイプとして、世間では経済学の研究対象だとそもそも思われていない分野がある。健康、医療、教育の分野がそうだ。従業員の健康問題は、産業医の研究対象であっても経済学者の研究対象だとは世間では思われていない。
しかし、黒田祥子が「健康経営は業績向上につながるか?」で紹介しているように、従業員の健康状態をよりよくすることは、企業の業績にも影響する可能性がある。そうすると、企業が従業員の健康を改善するための費用は、生産性を高めるための投資だと判断できる。
医療制度の分析は、医療の専門家が行うべきで、お金儲けを考える経済学で分析できるものではないし、経済学は現実離れしている、というのもよくある世間の常識だ。
私自身も新型コロナ対策分科会で、医療提供体制、感染対策、ワクチン接種などについて提言をした際に、「経済学者は景気対策を議論すべきで、医療のことに口を出すな」という趣旨の批判を医療関係者から受けた。
これは経済学の守備範囲が世間では非常に狭く考えられていることから生じる批判だ。しかし、経済学は景気対策だけを分析する学問ではなくて、財やサービスの生産と配分を人々の満足度を高めるために、どれだけ無駄なく行えるか、ということを研究する学問分野だ。そうすると、貴重な医療資源をどのように有効利用するのかという点で、医療制度の制度設計は経済学の研究対象なのである。
井伊雅子が「日本の医療制度をどう設計するか?──利他性を支える政府の関与」で述べているように、現在の経済学は、現実の制度や人々の行動をしっかり把握した上で分析が行われている。井伊の論説からはそうした医療経済学の研究の一端が感じ取れる。
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